ツール号

2017.08.18 Fri | Road Races| 0 track backs,
ジャージの匂い 
あくなき執念。
何年越しの試みか・・・

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Email from SN-さん

長年の謎だったジャージの匂いの件。
とあるチームスタッフは、「洗剤はイタリアのDash を使っているよ」と
話していたので、何とかして入手したいと思っていました。
でも単価が安いからか、日本に輸入されていないので、諦めていました。

ところが、イギリスのアマゾンに出店しているイタリアの業者から
買えることが判明!
割高なのを我慢して取り寄せました。
色柄物向けのが手に入りました。

結果は…残念!(;_;)
普通に洗剤の匂いでした。

完全に迷宮入りですね…

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2017.08.16 Wed | Road Races| 0 track backs,
アラン・デイヴィス・・・・今昔
かつてAISのメンバーで、オーストラリアトラックメンバーとして
走ったことがあるスティーヴ・ウールドリッジが亡くなった。
享年39歳。

かつての同僚たちがいっせいに哀悼の言葉を発信していて本訃報に気が付いた。
ザック・デンプスターやアラン・デイヴィスなども故人との思い出などを書き連ねていた。
(追記:自ら命を絶ったというのはそうした哀悼の辞の内容からわかったのだけど、
敢えて書きませんでした。
今ニュースサイトなどを見たら、その話はすでに広まっているようですね。)


コメントを寄せたうちのひとりアラン・デイヴィス
久しぶりだなぁ、どうしてるかな、そう思って何気なく彼の近影を見たら --


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あれ、すこしふっくらした?


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アラン・デイヴィスサイクリングという自転車チームを立ち上げているようだ。

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TOJで来日して、少年ぽい顔を見せていたあの印象が強くて、
オトナのデイヴィスにはなじめないけれど、
元気そうでなにより。


以下の写真はツール2004のとき。
リバティのロゴはついていた。
06年に勃発したオペラシオン・プエルトでチームも彼自身も
すったもんだの状況になった。

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2017.08.15 Tue | Road Races| 0 track backs,
コンタドールとスカルポーニその同僚時代
昔のツール・ド・スイスの写真を物色中、
思わず手が止まった。
この写真を見つけて。

オペラシオン・プエルト勃発直後、
リバティセグロスがスポンサーを降り、
白抜きジャージになってしまったときのふたり、
コンタドールとスカルポーニ。
2006年。

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2017.08.15 Tue | Road Races| 0 track backs,
アルベルト・コンタドール 引退特集 その1
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2005年4月28日。


2004年5月に脳の海綿状血管腫を発症し、アストゥリアス一周の最中
倒れたアルベルト・コンタドール。

以来長い道のりだったが、今季ブエルタを最後に引退表明をした。

引退表明は2度目だけれど、1度目の表明をキャンセルした後、
絶頂期の走りを見ることはできなかった。

トクダネニュースでコンタドールが最初に登場するのは2003年6月だった。
レースリザルトのみだけど。
次のエントリーが2004年の例の病気のとき。

以下再掲:

ちなみに上の写真は奇跡の復活を果たした2005年4月末のもの。
発症・血種の手術後、復活して4か月少々のときのものだ。

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破竹の勢いオンセ + ウルリッヒ山岳ステージ18位をどう見るか ( 6.8.2003 )

ドイツランドツアー5日目。1位オンセ、2位 オンセ、3位オンセ、4位オンセ、5位クイックステップ、6位オンセ、、というリザルトを見ると、あれ?今日はチームTTの日だったけ?と思ってしまいそうになる。しかし、そうではなく、191キロのれっきとした山岳ステージだった。区間優勝したのはオンセのポルトガル人アセベド。続いて折り重なるように同着で着いたのが昨年のドイツランドツアーの覇者、イゴール ゴンザレス デガルデアノ。3位ノサル、4位ヤクシェとオンセが続き、クイックのマイケルロジャース(それにしても活躍が目を引く)を挟んで6位がオンセのコンタドールだった。
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アルベルト コンタドールの病状 ( 5.16.2004 )

ヴエルタアアストゥリアスの最中 43キロ地点で落車をして、頭にも怪我を負ったLセグロスのコンタドール。運ばれる時の様子から、怪我の具合がかなり心配されたが、外傷のほか、動脈瘤が発見された。事故の時、彼は痙攣を起こしてと伝えられているが、落車で動脈瘤になったのでなく、動脈瘤よる何らかの発作を起こして落車したと見られる。

彼は家族の病歴にも動脈瘤の所見がある。バイパス手術を行えば、選手生命が終りということはないという。コンタドールは去年オンセでプロ入りした。まだ21歳のマドリッド出身のライダーだ。


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2005年5月1日。TDRにて。

2017.08.08 Tue | Road Races| 0 track backs,
アンヘル・ビシオソが今季限りで引退
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クラシカ・サンセバスティアンで引退したアイマル・スベルディアに続き、
40歳プロ選手がまたひとりプロトンを去る決意をした。
カチューシャに所属するアンヘル・ビシオソだ。

引退の直接的なきっかけになったのは、
7/17の本ブログエントリーで触れた一件だった。

トレーニング中の交通事故で、なぎ倒された。
ケガのダメージより、精神的なダメージが大きかったようだ。


自転車漬けの生活はいや、といいつつオン・オフを使い分けていたビシオソ。

安泰な家族生活を脅かすこの仕事に
そろそろ終わりを告げたいと思っていた矢先の事故だった。

これまで所属したチームは8つ。
ケルメ、オンセ、リバティセグロス、レラックス、LA-MSS、アンダルシア、アンドローニ、そしてカチューシャ。


個人的に印象深いのは、2006年ツール・ド・スイス。

オペラシオン・プエルトの一件でリバティセグロスがスポンサーを撤退し、
胸のロゴが真っ白になり、チームに不穏な空気が流れていたとき、
ビシオソはそんなこと全く意に介さないとばかりに淡々としていた。

オペラシオン・プエルトに加担した中心的選手の一人であったにも関わらず、だ。

山あり谷あり、はこの世界では普通のことさ、といった腹の座り方が
痛々しいほど華奢で弱々しい風貌と対比をなしていて
面白い選手だな、と思った。

写真左のイエルク・ヤクシェのゲルマン的深刻顔とは対照的だった。


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https://as.com/ciclismo/2017/08/01/mas_ciclismo/1501578583_597620.html


2017.08.03 Thu | Road Races| 0 track backs,
マイケル・マシューズ やんちゃだった頃
TOJなどで活躍して、日本では以前からおなじみだったマイケル・マシューズ。
写真は2010年。


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かつて彼がやんちゃだった話はくまたろうさんの話で知っていた。
キラキラ好みでBling呼ばれていたらしいけど、服は白がお好みなのかな。
マシューズ変遷がツイートされていた。

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お母さんおきれいで、女優さん風。
誰かに似ている。誰?
「アンヌとアントワーヌ」に出ていた仏女優エルザ・ジルベルスタインあたりかな。

2017.07.24 Mon | Road Races| 0 track backs,
今昔 ローラン・ブロシャール
ロードレース、ことツールは、過去のレースの参照が
頻繁にに行われる。

ツール中継の前に過去の名場面をさしはさんだり
報道でもかつての名選手との比較を行ったり。


こういうのはスポーツにおいては当たり前のようではあるけれど、
夫によると、クロスカントリースキーに比べて
その差は歴然だという。

クロカンの場合は、タイムの歴代記録がない。
xxxxのコースレコードは、、という取り上げ方は一切ない。

雪のコンディションが毎回異なり、
同じコースを作ることはできないので、
xx峠の登坂記録、最高タイム、平均時速比較などは行わない。


過去の闘いと現在を比較することはできず、
時間の記録ではなく、勝率のみでの記録になる。


つくづくツールの歴史重み、厚みはすごいと思う。

急にこんなことを考えたのにはわけがある。
タイムラインに突然ローラン・ブロシャールが登場した。

アルカンシェルを着用した写真も出ていた。

ああ、そうだ。
私がリアルタイムで(メディアを通じて)目にしたアルカンシェルが
この人だった。
そして、カメンツィン、フレイレと続く。

歴史はどんどん積みあがるなぁ・・・
世界選はまだワンデイだけど、ツールなんて3週間。
濃い中味が記録されては後年再び参照されていく。


ところでブロシャール、かつての長髪は短髪に。
渋さに磨きがかかった。


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2017.07.21 Fri | Road Races| 0 track backs,
プリモシュ・ログリッチェのジャンパー時代
■ ジャンパーはスピードマン、クロスカントリースキーならクライマー


ツール表彰台で愛嬌のあるテレマークを決めた
ロットNLユンボのログリッチェ(ログリッチ)。

以前UK Cycle Sportにスキージャンパー時代の写真が載っていた。

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スキーフライングでは183mのパーソナルベストを持つというログリッチェ。
記録を出したのは、2011年。
その2年後、23歳の時にはAdria Mobilの選手としてロードに転向している。
ロットユンボの選手になったのは2016年から。
そしてさっそくジロTTで優勝。

今年のロマンディ一周ではリッチー・ポート、サイモン・イエーツに次いで総合3位だった。


ちなみにー
1)クロスカントリースキーをやっている夫いわく、
ジャンパー出身ならスピードマン、クロカン出身ならクライマー
という構図が多いらしい。
けれど昨日ログリッチェが優勝したのは山岳区間。
ってことは、複合もやっていたか?


2)上述のスキーフライングで183mを出したのは
ドイツ、オーベルストドルフのハイニ・クロップファー・スキージャンプ競技場。

船木和喜さんが1998年に
W杯のスキーフライング世界選手権で金メダルを獲得した場所のようだ。



2017.07.20 Thu | Road Races| 0 track backs,
ブエルタ:ポディウムガール廃止の動きに同調
■ ミケル・ランダ:「ポディウムガールは、まるで女性を道具と見なしている」


昨今ポディウムガールに対する批判が強まる中、
今年、ダウンアンダーでは廃止を決定。
ジュニア選手を起用した。

今年のポディウム風景:
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イタリア人選手のポディウムガール批判は耳にしたことがないけれど、
マッチョの国スペインでは、ポディウムガールを女性差別ととらえ、
批判する声がちらほら聞かれていた。


とくに声高に批判の声を挙げたのは、スカイのミケル・ランダ。
ダウンアンダーでの改革にもろ手を挙げて賛成を唱えた:

「大賛成だ。 表彰台上の女性の存在には反対だった。 
まるで事物(Objeto)のような扱いではないか。 廃止してこそ健全になる」、と。


そんな中、ブエルタでも、再見直しが行われている。

性急な全面廃止は難しそうだが、
開幕日には正装の男女といった違う観点のセレモニーを検討中。


とはいえ、こうした流れと対局なのはイタリア。
イタリアで開催された世界選は、開場設置が間に合わず、
ところどころ、木材を渡して通路を確保するといった
突貫工事ぶりを見せていた。

けれど、セレモニー用衣装だけはばっちり:

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ドイツ・シュトゥットガルトの世界選と比べて、
ポディウムガールへの執着ぶりは、明らか。

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パヴェル・トンコフ、スチュアート・オグレイディ、アンヘル・カセロ、
ジョージ・ヒンカピー、コーエン・デコールトなどなどポディウムガールが妻
という選手は多い。

オグレイディやデコールトの場合は、”ツアー・ダウンアンダー”の元ポディウムガールだ。

こうした昨今の動向を惜しむ声も、一方でありそうではある。
(特にイタリアを中心に?)


http://www.cyclingnews.com/news/tastefully-dressed-men-and-women-to-replace-podium-girls-at-vuelta-a-espana/


2017.07.19 Wed | Road Races| 0 track backs,
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