最新のトクダネニュース移行状況
1999年10月以降のロードレースニュース移行作業。
本日さらに2件を移行。

うちひとつは、カデル・エヴァンスの初々しいレース日記。
この時の所属チームはマペイ。
前年サエコ在籍時にジャパンカップで2位になって以来、動向を注目していたのを思い出す。

2017.10.17 Tue | Road Races| 0 track backs,
トクダネニュースアーカイブ更新情報
1999年以降のトクダネニュースをライブドアの方に移行中。
このほど更新し、2002年4月12日までのニュースを以下にアップしなおした。

この中で驚きのニュースは、ブエルタで中間スプリント賞に輝いた選手が
19歳まで砲丸投げの選手だったという話。
自分で入れておきながら、ほとんど記憶にないニュースだった。
当時スペインのDivIIのチームはベルギークラシックに出場できず、クラシック志向の彼は
活躍の場をあまり広げることができなかった。

それからマリオ・チポッリーニがパリ~ルーベを回避することを表明したとたん、
主催者ソシエテ(現ASO)が彼のチームの本レースへの参戦を取りやめた、という話。
やはりこうした「手心」や「忖度」の余地がなくなった現行システムの方が近代的、そう痛感。

http://blog.livedoor.jp/maillotblanc/

2017.10.16 Mon | Road Races| 0 track backs,
クリーノ・ツタヤ・バーでライブ
タクリーノからの告知!です。
===

まいど。
タクリーノ・ツタヤ・バーでライブありまーす。
10月21日(土)8時開演。
アメリカの体験などなど人生を旅として発信続けるアーティスト、津田圓三さんのライブです。ブルース、カントリーをユニークにシニカルに楽しく歌ってくれます。この人、タオイストとしての哲学感の素晴らしさも一興です。
チャージ無しの投げ銭ライブです。お気軽に~。
 
Tacurino-Tutaya-Bar
大阪市西成区玉出中1-14-10
090-3621-9982
定休日 月火水曜
19:00~24:00
2017.10.16 Mon | Road Races| 0 track backs,
高木秀彰フォトグラファーどうぞ安らかに
脱サラでロードレースのカメラマンになった高木さんが
自宅でお亡くなりになられたとのこと。

今朝の捜索情報から一転、悲しい結末になった。

「僕、総務のおじさんみたいなことしてたんだよ、何でも屋さん」
カメラマンに転身後、初めてお会いしたときの会話だ。

サラリーマン話に花が咲いたのを覚えている。

会社という団体から個人業になって、
これから頑張るぞ、という気概と、
守られていたものが取り払われたあとの手探り状態を感じさせる話ぶりだった。

企業人の名残が自分の中に多分まだあって、
サラリーマンである私に、何か似たような匂いを感じているかのような
そんな懐かし気な感情も混ざっていた気がした。

FBは余りマメにチェックしていない私だけど、つい最近たまたま高木さんの
素晴らしい写真を目にして「いいね」ボタンを押したばかりだった。

早すぎる死、突然のさようなら、
残念でたまらない。

宇都宮でも親切にしていただいた。
人のいい笑顔しか浮かばない。

どうぞ安らかに。
合掌。


2017.10.14 Sat | Road Races| 0 track backs,
人間が写っていなくても十分ホラーな1枚
イル・ロンバルディア。

木漏れ日に輝く秋の日の森の風景・・と思いきや、

ヤン・バーケランツのバイクが地上4mの木の梢に引っかかり、
その下には本人が・・・の図。

人間が写っていないにも関わらず、結構ホラーな1枚。

さしあたっての所見は、肋骨7カ所、脊椎2ヶ所の由。(Jump to CN)

2017.10.09 Mon | Road Races| 0 track backs,
お久しぶりのベッティーニ
アルカンシェルは伊達に着るものではないし、
さらに本文にはBettiniに敬意を表して、とあるので、 
まぎれもなくパオロ・ベッティーニに違いないのだけど
ダヴィデ・ブラマーティやアンドレア・トンティに比べて
どこかご隠居さん風情が漂って。。。


 
2017.10.04 Wed | Road Races| 0 track backs,
ランス、引退してもコンタドールを個人口撃
◆ コンタドールの提案に、ランスが侮蔑の言葉


グランツール(GT)を手玉に取るスカイ、およびクリス・フルームの快進撃は、
待望のヒーロー登場、として歓迎されると同時に、
独壇場はつまらない、そんな声も漏れ聞こえる今日この頃。

チームの戦力が時に戦況を作用するGTでは、
潤沢なスカイの予算がその勝因ともいえ、予算のチーム間格差が取りざたされている。

そんななか声をあげたのが、引退前、ブエルタ会見時のアルベルト・コンタドール。


チーム予算と、選手の年俸に上限をもうけることを提案した。

これには賛否両論出たものの、UCI関係者には同調する動きもある。
むろん年俸うなぎ上りのクリス・フルームは反対。
とはいえ発言したコンタドールを個人攻撃するようなことはしない。


ところがコンタドール個人に対して侮蔑の言葉を投げかけたのがランス・アームストロングだ。

人間に対し容赦ない様子はハミルトンの自伝にもつづられていたけれど、
引退してもなお、憎む気持ちを抑えられないとは、人間の小ささが露呈する格好。


純粋に案に対して賛否を口にする代わりに、
彼はこう述べた:

「フン、、、(現役)最後の会見ではなんでも言えるさ(言うのはたやすいさ)」



このフン、という冒頭のPfftは、相手をあざけるニュアンスが強く出る間投詞。
軽蔑の意味を露わすときに使う。


これに対し、コメント欄を読んでいくと、これまた賛否両論なのがわかる。
けれど、この件でコンタドールを非難するのはランスだけ。


中には、サラリー上限はともかく、予算上限には賛同、
といった冷静な発言も。
ランスはこれに再び反論したけど、相手がさらに意見を述べたところで無言になった。


そんな中、このほどUCIの管理委員メンバーに選出されたボブ・ステイプルトン
(元チームHTC、コロンビアのGMで、スポンサー離れでチーム解散を余儀なくされた)

フルームが、「年俸上限だなんて共産主義に向かってはならない!」と反論したのに対し、
「これこそが資本主義だ」と述べている。


チーム予算の格差は、トレーニングや装備に関する格差を生み出すだけでなく、
金持ちチームによる有能な選手の囲い込みも可能にする。

実際、ツール・ド・ラヴニールで活躍したU-23の有能選手を
スカイはまるで一網打尽といったかたちで、来季の要員として獲得している。


予算格差がレースをつまらなくしているとしたら、
現行の予算制度を再考することもありかもしれない。
少なくとも、こうして議論の種がまかれたことは悪くはない。


提案内容でなくコンタドール個人を場外から非難するランスを見ていて、
三つ子の魂百まで、という感想に包まれた。
2017.09.28 Thu | Road Races| 0 track backs,
BMC U-23チームが解散、いま育成チームが切ない
◆ ロット・スーダルとBMCに育てられたステッフ・クラスはカチューシャへ


Steff Cras(ステッフ・クラス)というベルギー人の若手がいる。
来季カチューシャへの加入が決まったと、先日一斉に報じられた。

ちょっと驚いた。
へえ、ロット・スーダルでも、BMCでもなくカチューシャとは、、と。

アマチュア選手として、クラスはまずロット・スーダルU-23チームに所属し、
次いでBMC育成チームでイロハを学んだ。

素質のある選手なので、ロット・スーダルかBMCあたりに行くのかと思ったけれど、
どちらでもなかった。


こういう状況では、BMCが育成チーム解散を決めたのも無理はない。
同じ系列チームでステップアップ、という時代ではなくなった。

代理人制度の横行による現象、と言われているけれど、
確かに私がロードレースを見始めたころは、
アシスト選手は代理人を立てていないのが普通だったのではないか。

移籍交渉が大変で、代理人どうしよう、などという話を時々聞いた。

マヌエル・ベルトランなども代理人を使っておらず、
移籍のときに右往左往していたのを思い出す。

(ちなみにベルトラン、今なにしているかというと、地元で若手を率いるチームを作った。)


オスカル・フレイレのように、兄が代理人、というケースですら、
進んでる!っていう感じに思えたほど。


育成チームに話を戻して、
ふるーい話をすれば、例えば以前のバネストの場合、
バネストのU-23チームに在籍してそれなりの成果を挙げていれば、
バネストでプロ入り、というのが当たり前だった。

アレハンドロ・バルベルデは、当初バネストU-23に所属したものの、
チームの拠点パンプローナが自宅から遠くていやだー、と駄々をこね、
ケルメのU-23に鞍替えした。

だからプロ入りもごく自然にケルメだった。


では、オンセにU-23チームはあったのか?というと、
オンセという名称ではないもののイベルドロラというアマチュアチームがあって、
これが実質オンセの育成チームの役割を担っていた。

このチームに所属していたのは、アルベルト・コンタドール、ホアキン・ロドリゲス、
ザビエル・フロレンシオたちだ。

全員オンセでプロ入りしている。

つまり、かつてスペインのU-23チームはその上のプロチームと
確固たるパイプを持っていた。


現在のモビスターの状況はどうかというと、
2000年代後半あたりからチーム「リサルテ」がモビスターの控えチーム的
役割を果たしている。


とはいえこのリサルテ、その前までは、一定のチームに染まっていない
きわめてオープンでユニークな若手チームだった。


かつては、ヨセバ・ベロキやイシドロ・ノサル、
比較的近年ではアンドレイ・アマドールが
在籍していた。

彼らはそれぞれエウスカルテル、オンセ、ケスデパーニュ(現モビスター)で
プロ入り。


つまり以前は、”各チームとお取引可能です”的なU-23チームだったのだ。
今ではオンセもエウスカルテルも解散し、スペインのWTチームはひとつになってしまい、
なんとなく自動的にモビスター御用達的な運命をたどったのだった。

2017.09.21 Thu | Road Races| 0 track backs,
ロード世界選手権の地ベルゲンの絵を四国で見る
中国四国への旅で、
東山魁夷せとうち美術館へ行ってきた。

所蔵品を交代で展示しているので、どの絵が見られるかわからず訪問。
今期の展示は北欧の旅のシリーズだった。

その中に1枚、今年のロード世界戦の地、ノルウェーのベルゲンの絵を見つけて
思わず声をあげそうになった。
こんなところでロードレースにまつわる何か(?)を見つけるなんて。


展覧会ポスターにもなっているのだけど、なかなかかわいらしい街だ。

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魁夷さんは、ベルゲンの倉庫群に魅了されたようだ。

70年代後半に世界遺産になった場所だけど、魁夷さんが訪問したのは1960年代のことなので、
まだ世界遺産指定は受けていなかった。

日本人観光客もほとんどいなかったに違いない。

2017.09.17 Sun | Road Races| 0 track backs,
アルベルト・コンタドール引退 2003年以来のニュース総動員 その14
ニュースの時系列が前後するけれど、
コンタドールがツールで初優勝を挙げたのは2007年。


その1年前の2006年、私は雑誌記事の中でコンタドールをツールの新人賞候補の筆頭に掲げた。
それまでグランツールは1度しか走ったことがなく、2005年ツールでは31位。
でも、急速に力をつけているのは明らかで、目を付けていたのだ。


コンタドールは2006年ツールのメンバーにめでたく選ばれた。
お手並み拝見といったところだったが、予期せぬ出来事が起きる。

コンタドールが属するヴュルト(リバティセグロスがスポンサーから撤退)は
ツールのチームプレゼンには出たものの、グランデパール前夜にチームごとツールから締め出されれ、
コンタドールの出場は幻となったのだ。(注1)

チームの監督マノロ・サイスが、2006年5月に勃発したドーピングスキャンダル、オペラシオン・プエルトの首謀者とされたためだ。


ということで、私の新人賞予想は大外れ。
これに凝りて、翌2007年のツール予想にコンタドールは入れなかった。


ところがふたを開ければコンタドールは総合新人賞を獲得。
のみならず総合優勝まで手に入れてしまった。

予想が1年早かった、自分・・・とハズレを大いに嘆いたのを覚えている。


下の写真は、2006年、ツールからチームが締め出しを食らう直前の
チームプレゼンのときのアルベルト・コンタドール。

ちなみにジャージのメインロゴはアスタナ。
リバティセグロスがオペラシオン・プエルトに怒ってスポンサーを降りたため、
政界財界にパイプを持つヴィノクロフ選手がアスタナの地場産業界を担ぎ出し
急きょ資金援助をとりつけたのだった。


(注1)つまり、上記と先日のニュースを総合すると、アルベルトは2回、ツール出場を主催者から阻まれている。
2006年はリバティセグロスの後を急きょ継いだアスタナ・ヴュルトが5月に勃発したオペラシオン・プエルトのせいでツール前日に追い出され、
2008年は前年のヴィノクロフのツール陽性反応の余波で彼が所属していたアスタナチームはツールに選出されなかった。


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2017.09.13 Wed | Road Races| 0 track backs,
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