ライバルを待つ行為は果たしてくだらない慣習なのか?
パリ~ニースの最中、落車でアンドレイ・キヴィレフが亡くなった時、
親友で同じヴィノクロフが涙のアタックをして、誰もそれを追おうとはしなかった。

2000年前半のブエルタで、実力が認められ始めていたバルベルデが落車でケガをし、
ライバルたちはスピードを緩め、励ましの声をかけた。

カザルテッリが亡くなった翌日のツールは、彼が所属していたチーム(モトローラ)を先頭に
競争なく自主的なニュートラルでゴールした。


このように、過去ロードレースにおいて”リスペクト”の精神は様々なかたちで現れた。
不運に見舞われた実力者、或いは痛ましい事故などで傷を受けた者への敬いの気持ちを重視してきた。

つまり、コンタドールを待たなかった行為というのは、彼に対するリスペクトの気持ちをかなぐりすてたという意味で、
目を引いた。
パリ~ニースで同郷の友人のリベンジをしようと奮起したヴィノクロフを抜き去る選手がいたとしたら
大顰蹙だろう。
でも、両者の根っこにある「リスペクト」が薄れつつある世界では、やがてそんなことが起こり得るのかもしれない。

====

脱臼で暗雲たちこめる中意地を見せたアルベルト・コンタドールが話題をふりまき、
同一チームのファビオ・アルとミケル・ランダの2位争いの落としどころが注目されたジロも、あと残り1日。

印象に残ったのは、リーダージャージを着用しつつメカトラで取り残され、必死で追いかけるコンタドールの姿。
10年近く前のツールでは、ウルリッヒが<自滅で>コースアウトしたときですら、ランスは待った。
ウルリッヒは首位ではなかったものの、エース格。周囲もリスペクトの精神を貫いた。
(ちなみにこうした行為は別にランスだけではない。上述のようにバルベルデなどは23才の若さでも、
周囲は待った。)

それが今回、待つどころかレースリーダーの弱みにつけこんで、アタックが繰り出されたのは驚きだった。
逃げを制するジェスチャができる影響力ある選手も不在だった。

繰り返しになるけれど、
プロツール制度が開始になって以降、出場レースが義務化したことで、チーム側では多様な脚が必要となり、
エース、アシストの関係が固定化されなくなった。
ゆえに上下関係が薄くなった、その影響も一端にあるのでは。

あるいは個性の強い選手が減ったという、人類の進化的レベルの話なのだろうか?
ランス、ウルリッヒ、インドゥラインの例をひかずとも、ジャラベールなどはどんなレースに出ていても
周囲から一目置かれる存在だったけれど。

あるいは社会構造として、徒弟制度はもう古い、レースの民主化と見るべきなのか。
思索は尽きない。


ちなみに、昔のロードレースニュース復旧作業を勧める中、やっとオチョアの奇跡までたどり着いた。

2001年4月21日のロードレースニュースまで復旧:
http://blog.livedoor.jp/maillotblanc/
2015.05.31 Sun | Road Races| 0 track backs,
Ready Go JAPAN / 日本初の賞金付女子ロードレースを開催、同時にチーム加入試験・トライアウトを実施!
日本初の UCI 公認女子チームを目指す「Ready Go JAPAN」の意欲的な取り組み:
日本初の賞金付女子ロードレースを開催、同時にチーム加入試験・トライアウトを実施!


NPO 法人サイクリスト国際交流協会(本部:千葉県成田市/会長:須藤むつみ氏)が活動を支援する女子自転車レースチーム「Ready Go JAPAN」は今年で設立 7 年目。
総勢 10 名という日本国内で最大の女子自転車レースチームへと成長し、昨年からは「日本国内での UCI 公認女子ロードレースの実現」を目標として掲げている。

その手がかりとして、女子ロードレース選手に賞金を授与するレース「Ready Go JAPAN トロフィー・ウイメンロードレース」を開催する運びとなった。
日時と場所は、 8 月 9 日(日)千葉県成田市・下総フレンドリーパークにて。

更に同日 W-1 レース内で Ready Go JAPAN に新規加入するチーム員を決定する「第 9 回 Ready Go JAPAN トライアウト」も実施予定だ。詳細は以下の通り:


<Ready Go JAPAN トロフィー・ウイメンロードレース(兼:男子マスターズロードレース)大会概要>

主催・Ready Go JAPAN 女子自転車レースチーム
後援・NPO 法人サイクリスト国際交流協会、成田市、成田市教育委員会ほか
開催日:2015 年 8 月 9 日(日)
開催地:千葉県成田市:下総フレンドリーパーク・サイクリングコース(1 周=1.5km)
※なお同会場において、東京都自転車競技連盟主催のジュニア選手レース「TCF フレンドリー・ロード
レース大会」も同時開催される。

千葉県成田市 下総運動公園(フレンドリーパーク下総)関連情報:
■ アクセス:JR 成田線・滑河(なめりがわ)駅から徒歩約 10 分 / 東関東自動車道成田 IC から約 25 分
■ 駐車場:会場内にあり(無料)。

<大会要項>
*レースカテゴリー
・女子レース
RGJ トロフィー・ウイメンロードレース W-1:20 周=30km
ウイメンロードレース W-2(上記以外の一般女子):8 周=12km
・男子マスターズ(40 歳以上男子):12 周=18km
※50 歳以上、60 歳以上は同時出走、別途表彰

*RGJ トロフィー賞金について
・ウイメンロードレースⅠ(W-1)優勝・10万円、2位・5万円、3位・3万円
・ウイメンロードレースⅡ(W-2)優勝・2万円、2位と3位はトロフィーを授与
ほかヤングライダー賞・トロフィー、シニアライダー賞のトロフィーを予定

*スケジュール
<RGJ トロフィーウィメンレース・マスターズレース>
11:00 受付開始
11:15 コース試走開始
11:30 受付終了
11:45 コース試走終了
11:50 開会式
12:00 ウイメンロードレース 2・スタート(30 分)
12:30 男子マスターズ・スタート(40 分)
13:10 RGJ トロフィー・ウイメンロードレース 1・スタート(60 分)
14:15 表彰式・閉会式(公民館にて)

*参加費(傷害保険含む)
・RGJ トロフィー・ウイメンロードレース 1: 3000 円
・ウイメンロードレース 2(上記以外の一般女子): 3500 円
・男子マスターズ(40 歳以上男子): 4500 円

*参加申込み締切日
2015 年 7 月 15 日(水)

*参加問合せ先
NPO 法人サイクリスト国際交流協会・RGJ レース事務局まで。
メール m-sudou★jbrain.or.jp (★を@に変えて)

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<第 9 回「Ready Go JAPAN」トライアウト(選考会)募集・開催要領>

- トライアウト募集要項 -

募集内容 : 今年・秋(9 月)より国内外の自転車競技<女子ロードレース>に参戦する、
女子自転車レースチーム「Ready Go JAPAN」選手選考

募集人数 : 若干名

応募資格 :
①体力に自身のある心身ともに健康な、関東在住・在勤の 1995 年生まれ以前の女性
※目安として 20 歳以上の方(年齢の上限は設けません)
②自転車走行の経験があり、自身のレース用自転車を所持していること。
※受験の際に使用する自転車はロードレース出走に耐えられるものをご用意ください。
(車種や装備など、ご不明な点がございましたらお気軽にお問合せください)

<受験当日の用意などについて>
技能試験(レース走行試験)では、自転車及びヘルメット等のレース参加時同等の用意を
お願いします。さらに筆記試験のため筆記用具をご用意ください。

応募方法 : レース参加申し込みと同時に、規定の応募用紙を事務局から取り寄せ、
必要事項を記入して事務局に郵送のこと。

応募締切 : 「RGJ トロフィー・ウイメンロードレース」参加申込み締切日と同じ 7 月 15 日(水)とする

受験費用 : 上記ウイメンロードレース W-1 参加料に含む

問合せ先 : NPO 法人サイクリスト国際交流協会事務局(トライアウト担当:須藤)
TEL・FAX 0476-29-4524 E メール m-sudou★jbrain.or.jp (★を@に変えて)


- トライアウト実施要項 -

実施日時 : 平成 27 年 8 月 9 日(日)「RGJ トロフィー・ウイメンロードレース」W-1 レース内

会 場 : 下総運動公園(フレンドリーパーク下総) 住所:千葉県成田市高岡 1435

実施種目 :
①技能試験(RGJ トロフィー・ウイメンロードレース W-1)
②筆記試験(運動や栄養に関する基礎的な内容)
③面接(個別で実施)

■ タイムスケジュール:「RGJ トロフィー・ウイメンロードレース」のスケジュールに準じます。
※レース表彰式終了後に、個別面接とチーム説明会をおこないます(終了は 16 時を予定)。
2015.05.30 Sat | Road Races| 0 track backs,
Rapha / Bang & Olufsenとコラボレーションしたヘッドフォン H6を数量限定販売
Bang & OlufsenとRaphaがコラボレーションしたヘッドフォン H6を数量限定販売


ロンドンのロードサイクリングアパレルブランドRapha(ラファ)ではこの度、デンマークのハイエンド音響ブランドBang & Olufsen(バング&オルフセン)とコラボレーションしたヘッドフォン H6 Rapha Edititonをリリースいたしました。

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ともにデザインと品質を追求する企業として一致した今回のコラボレーション。ヘッドフォンはプロのロードレーサーにとって、レース前のウォーミングアップ時や後のクールダウン、あるいは一人の世界に入り集中を高めたい時に欠かせないアイテム。また長距離の移動が生活の一部であるレーサーには音楽は心の平穏を保つ不可欠なものでもあります。実際にプロチームをサポートしているBang & Olufsenから、カジュアルラインB&O PLAYのヘッドフォンH6をベースにRaphaのエッセンスを投入したコラボレーションモデルが誕生しました。

通常モデルでは牛革が使用される耳当て部分には、タフさと質感に定評あるRaphaのレザー製グローブ GT Glovesで用いられるものと同じアフリカンヘアシープレザーを採用。また、ローラー台上での使用を想定し、頭頂との接触部分にはRaphaのPro Team Baselayerで使用される生地を用いて素早い汗の吸収・発散に寄与します。

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ブラック×ピンクというRaphaのシグネチャーカラーにまとめられたH6 Rapha Editionは限定数生産となり、Raphaオンラインストア及び東京・大阪の直営店ラファサイクルクラブにてお求めいただけます。


B&O PLAY H6 Rapha Edition

製品ページ:http://www.rapha.cc/jp/ja/shop/rapha-b%26%2338%3Bo-h6-headphones/product/RBO02
価格:51,000円(税込)
サイズ:ワンサイズ
カラー:ブラック/ピンク
製品寸法:197mm × 194mm × 40mm
重量:230g
コード長:1.2m

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2015.05.30 Sat | Road Races| 0 track backs,
ツアー・オブ・ベルギー/ ボーネンが区間1勝でジロ離脱は吉と出る
昨日のエントリーで触れたボーネン。
UCIの許可を得てジロの途中からベルギー一周レースへとスイッチし、
これが吉と出た。

2日目の第1ステージ(初日はプロローグ)でスプリントを制して優勝。
面目を保った。

ベルギー一周、というと、ベルギーNo.1のステージレースでさぞ盛り上がるかと思いきや
アルデンヌや自転車のメッカ、フランドルの中心地で行われるわけでなく、
(ドイツとの国境付近へと向かうコース)
近所の自転車好きが続々集まってはいたものの、さっと来てさっと帰る感じで、
フィーバーぶりはさしたることはなかった。
今はネットの情報伝達が進み、もっと盛り上がっているかもしれないけれど。

プロトン到着直前の風景。


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一応派手な応援団はいた。

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オフィシャルカメラマンはどこか緩く。

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総合3位で新人賞だったシルヴァン・シャヴァネルにいたっては、
新人賞ジャージを着用せずに出走サイン。

新人賞ジャージは真っ赤な地に、大きなみつばちキャラクターがでーんと出ている代物で
これは拒否したくなる、そんなデザインだった。
こちらもとっくの昔にデザイン変更になったことだろう。

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観戦したのは13年前。
今写真を改めて見ると、すでに忘却のかなたにあるチーム、なつかしいジャージばかり。

そんな中、ランプレとFDJが目を引く。
ジャージデザインもあまり変わっていない。
古参チームとしてこれからも頑張ってほしい。


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あの時は丁度出張中で、週末イギリスから簡単に行けるレースということでベルギー一周を選んだ。

同じ時期、バイエルン一周、ミディ・リーブルも開催中で、本当は後者を見に行きたかったのだけれど、
フランス南部の方で、移動の時間がとれず。
イギリスに一番近いから、という理由で選んだレースだった。

ミディ・リーブルはその2年後に開催中止が決定。
メジャーなレースだったので、資金不足は衝撃だった。


2015年ベルギー一周第1ステージ:
http://www.cyclingnews.com/races/baloise-belgium-tour-2015/stage-1/results
2015.05.29 Fri | Road Races| 0 track backs,
アルベルト・コンタドール の言葉 「窮地はチャンス」
ジロ山岳の大勝負の日にパンクに見舞われ必死で追い上げたアルベルト・コンタドール。
振り返ってこう述べている(FB)。

> レースプランが変更を余儀なくされることがあり、そういうときは窮地に追いやられる。
けれど、(予定とは)違うなにかを繰り出す機会ととらえるのが好きだ。

Hay veces que el guion de una carrera cambia y se pone difícil, a mi me gusta verlo como una oportunidad para hacer algo diferente....este dia lo recordare siempre. Gracias equipo por dar el 100%, muy orgulloso de vosotros!!! Sois grandes!!!



まったく目新しい言葉というわけではないけれど、
彼が言うと、実感がこもっている。

思い起こせば10年前のロマンディ一周。
最重要と見られた最後のTTで精神的強さなく、崩れた。
スタート前から落着きなく、ナーバスな様子がうかがわれた。

結局この走りが響き、表彰台には上れず、結果は総合4位。

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それを考えると、10年の月日の重みをずっしり感じる今日この頃。
特に彼の場合、なにかと不運が続いた。
いまや別人だ。



なお、ジロを途中で離脱しベルギー一周に参戦しているボーネンについては
先日こんな記事が出ていた。
UCIの許可を得て、晴れてベルギー一周に出られることになった、と。
(レースを途中でスイッチする場合、UCIの許可が必須。)
ボーネンにとって有利なコースレイアウトはもう残されていないから、というのが離脱の理由。

これに対し、ファンからは、「ボーネンだからこそのOKだろうな」などというコメントも見られた。

http://www.sport.be/fr/cyclisme/article.html?Article_ID=729766
2015.05.28 Thu | Road Races| 0 track backs,
ジロは佳境 / ミケル・ランダ、実は4年前、ジロの山岳についてこう予言していた
(ミケル・ランダのキャップ騒動はこちらの頁にて: JUMP)


ジロ第16ステージ。
ミケル・ランダがジロ山岳ステージで2勝目をあげ
チームメートのファビオ・アルを抜いて総合2位にのしあがった。


実は、チクリッシモの2011年版選手名鑑でエウスカルテルチームの執筆をした際、
私は彼のことをトップ11人の中に入れ、短いプロフィールを書いた。

今読み返してみたら、ジロの山岳ステージについて、今回の勝利を予言するようなことを
彼が語っていた
ことに気が付いた。

以下、2011年に執筆した記事抜粋:

オルベア入団から1年後にスピード昇格を果たした注目選手。
昨年ツール・ド・ラヴニールでは、難所の山岳ステージ3位。
世界選U23メンバーとなり18位だった。
大会中はエリート選手と同じ宿。
フレイレと同じ食卓を囲み大感激。
アイドルは、本チーム(EUS)の元選手イバン・マヨ。
グランツールは好きな順に、ツール、そしてジロ。
前者はファンの数が圧倒的だから。
後者(ジロ)は山岳の難度が自分に向いているから。
自称熱血漢。


翌年2012年版選手名鑑では、彼を準エースに指定し、
「(クライマーの)マヨやライセカの後継者」と記したのだった。



一方、区間3位ながら、総合首位をがっちりキープしたコンタドール。
ユンボのクルイシュウィックとは同着で、先に行かせ譲った点は、方程式どおり。

コンタドールは前のステージでも余裕があったものの抑えて
区間の方は、がつがつ取りに行く姿勢ではなかった。
”あこぎ”に行くことは、3週間全体を考えると、得策ではない。

総合で十分目立てば、区間の方はほかのスポンサーに露出の機会を与える。
パンターニにはこの配慮がなく、他のスポンサーから嫌われたと聞く。
コンタドールは同じ轍は踏まない。



逆に、昨日のステージで、コンタドールがパンクした折り、
カチューシャ、アスタナがあのタイミングで彼のことを待たなかったのには、少々首を傾げた。

かつてチェーントラブルのアンディを待たず、コンタドールは非難されたこともあったが、
あの時のアンディのトラブルは追い越した時点では微妙だった。

さらにアンディはチェーンのトラブルを自覚しつつレース続行していた、という事実がある。
発覚時、まだレースが動いていない時点で対処していれば、ダメージは防げた。
アタックの佳境に入る前段階で対処すべきであった、というのが大方の見方だった。


レースの雰囲気というのは中にいないとわからないものだから何とも言えないけれど、
今回についてはTV観戦していたクリス・フルームも、「あれはちょっと」的な感想を漏らしていた。



冒頭のIMHOは、意見を控えめに述べるときの慣用句。(=in my humble opinion )
レースリーダーのメカトラ時にアタックするのはスポーツマンシップの手本とは言えない、とコメント。

アルのその後のトラブルは、ツケが自分に回ってきた感じだ。


パンクから挽回して、最終局面でがむしゃらにいくコンタドールの姿には、
紳士協定を重視しなかったアスタナに対する奮起を感じた。


ちなみに以下は初生コンタドール。
10年前の4月28日、ロマンディ一周でのことだった。


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2015.05.27 Wed | Road Races| 0 track backs,
モルティローロのステージにおけるアルベルト・コンタドールの秘策
その昔、といっても1980年代まで、ウール素材のジャージを着用することは珍しくなかった。
ウールのジャージでツールを制覇した最後の選手は、1987年のステファン・ロッシュだった、
などという話も聞く。

真偽のほどはきちんと調べてはいないけれど、ともかくウエアが勝負を左右する
といった発想は、1990年代まではなかったのではないだろうか。

USPが山岳用の特殊ウエアを用意したのは2000年代前半のことだ。
脇のところが薄いメッシュ素材で、画期的に映った。


2004年ラルプデュエズTTにて、USPのチェチュ/下はアセヴェド:

RIMG1073.jpg

RIMG1083.jpg



時代は移り、いまやあらゆる条件で優位に立とうという動きが活発化し、
ウエアの改良も進んでいるらしい。

ジロ・モルティローロの決戦を前に、コンタドールは新素材の山岳用ウエアを支給されるそうだ。

エアロダイナミック性をある程度犠牲にして、下りで冷えないよう
汗を逃がしてやる構造になっているという。(*)


かつて、競泳用水着「レーザー・レーサー」なるものが流行り、これを着た選手たちは次々世界記録を出し、
やがて着用禁止となった。

ポリウレタンが入っていたとかで、以来繊維ONLYと規定されたようだ。

ロードのウエアの技術革新は、今度どこまで突っ走るのだろうか。


原文(*):
La Sportful, che veste la Tinkoff di Contador, produce una maglia speciale per gli scalatori, meno aerodinamica ma con una migliore traspirazione per non raffreddarsi in discesa.(ガゼッタから)
2015.05.26 Tue | Road Races| 0 track backs,
ツアー・オブ・ジャパン 東京ステージ風景

5月24日、ツアー・オブ・ジャパン(TOJ)の最終ステージを見に行った。

去年は来ることができなかったので、2年ぶりだろうか。

夏の日差しが混じり込んだ5月の大気の中、サラサラサラーと流れるようなバイクの音を聞く体験に
なつかしさがこみ上げる。


知り合いおしゃべりをしてランチをするなど気分よくまったり過ごしているうちに
あっという間にラスト2周回。

慌ててゴールへ移動する。
生垣がくぼんだ場所が、ぽっかり空いていたので木々越しに、スプリント争いを見る。

正面の生け垣は低くなっていたものの、選手がくる方向の右手の生垣は一段と高く繁り、
そのせいで視界が全くきかない。
選手到来のタイミングがまったくつかめない。
人々の顔の向きで判断し、シャッターを押す。


P1710702a.jpg

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NIPPOにはニバリ弟がいるので、狙って撮ったがなかなか難しい。
辛うじて↓。(中央)

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ブリヂストンアンカーのジャージに戻った西薗良太の選手、
ウエアにまったく違和感ない。

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序盤逃げの場面で、なにやら交渉が始まった。
戦略をたてるには、まだ10週あり、時期尚早ではと思われるので、
もめごとだったのだろうか?

P1260710.jpg


6人の逃げは、やがて2人になり、縦に並ぶ。

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序盤は普通に見えたパコ・マンセボのライディングフォームも、
後半にいくほど傾いていく。

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大井ふ頭は、重要貨物を送り出す際に、セキュリティの関係もあり、お客さんとともにきたことがある。

見慣れたガントリークレーン。(岸壁の固定クレーン)
ガントリークレーンと選手、という風景を写真に収めよう!と思ったが、
企画倒れ的な写真しか撮れない。

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スタート前:
NIPPOのオスカル・プジョルは髭で渋さを演出していた。

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パコ。ファンからもらった写真をなつかしそうに見る。

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リーダージャージを保持したタブリーズ ペトロケミカル チームのミルサマ・ポルセイェディゴラコール。

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新人賞はイリア・コシェヴォイ。

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とくに日比谷のスタート地点では知り合いに声をかけたりかけられたり。
数年会わないうちに会社が変わって名刺を頂いたり。
すごく久しぶりなのに変わってなくて驚くかと思えば、
同じく会っていなくても、SNSで近況を知っているから、しばらくぶりとは思えない知人たちもいる。

いまやTOJはなつかし顔に会える、同窓会の機会と化している。


ただし、レース自体は連日上位を海外勢が独占し、
世界の中の実力は、まったく上がっていないと痛感した。

福島兄弟、宮澤崇史選手、清水都貴、西谷泰治、盛一大らが引退したあと、
日本人選手の印象が薄くなったと感じるのは私だけだろうか。

前にも書いたけれど、禁止薬物の取り締まりが以前より厳しくなり、
単純に思えば日本人にはチャンス到来となってもよさそうなのに。

以前三浦キングは言っていた:世界との格差は薬を使う使わないの一点のみ。
でも、あれは薬物問題が野放しになっていた時代の話。
もうこの言い訳は通用しないのでは?


.
2015.05.25 Mon | Road Races| 0 track backs,
海に浮かぶヴェネツィアのステージ
今年のジロ第13ステージ。
終着地はヴェネツィアのイェーゾロだった。

周囲を海で囲まれ、船でアクセスすることも多々あるけれど、
船ONLYのムラーノ島などとは異なって、ヴェネツィア島同様、陸路でイタリア本島とつながっている。


昨日のジロには、なつかしい光景が広がった。
あの道を走ったことはないけれど、イタリア本土のメストレから、車でヴェネツィア本島に入ったことがある。
車窓に広大な水の景色が広がり、
さながら海の道といった風情。

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ヴェネツィアを舞台にしたジロの場合、
上下左右にうねうねした迷路のような(しかも車の進入不可の)ヴェネツィア本島での開催は無理なので、
周辺の島で行われることになる。


2009年のジロはヴェネツィアのリド島で開幕した。
「ヴェニスに死す」の舞台になった場所だ。

ステージ開始前に、バスでコースを通った。
岸に沿うようにして、バリアが設置されていた。


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初日のこの日は、海と隣り合わせのチームタイムトライアル(TTT)。
潮騒の中、潮風を受けつつ選手たちが流れていく。


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09年ジロの場合、開催地はリド、選手の宿泊は人員収容量が多いイェーゾロ、
そして開幕前プレゼンテーションはヴェネツィア本島と分散した。


プレゼン終了後、イェーゾロに戻っていく選手の中に、
優勝候補の一角とみなされていた小柄なディルーカの姿もあった。

09年ジロの光景は色褪せないのだけど、
ディルーカの記憶は、薬物騒動とともに意識の底に深く沈殿し、ほとんど消えかけている状況だ。


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ホテルに戻るランス。
乗船するなり人々から離れて、長い間携帯を耳に充てていた。

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ヴェネツィア本島もイェーゾロ島も、リド島も、
移動するたび海が目に入り、何度か島内を行き来するうちに島の輪郭がわかるような限られた狭い空間だ。

浮遊感が常につきまとい、須賀敦子さんのいう”舞台にいるような不思議な演劇性”をあわせもつ。

そんな非日常感のある場所での、ジロ開催。
ひとたびレースに没頭してしまえば背景など吹っ飛んでしまうけれど、
一歩引いてみると、ちぐはぐな感じもあって、
独特の興趣がある。

.
2015.05.23 Sat | Road Races| 0 track backs,
ウィギンスのアワーレコードチケット 7分で売り切れ
(結果のエントリーはこちら: ブラッドリー・ウィギンズのアワーレコード樹立(54,526 km)と100才以上の部もあるマスター挑戦

6月7日に迫ったブラッドリー・ウィギンズのアワーレコード挑戦。
場所は、ロンドンのオリンピックパーク内にあるリー・ヴァレー ヴェロドロームだ。

6000枚(この公表数字はあくまで座席数のようだけど)のチケットは、
わずか7分で売り切れたという。
gazzettaから)


価格は別の報道によると£29 ~ £49 というから、190円程度の換算でいうと、5000円~1万円程度。
これは、リーゾナブル。
世紀の世界記録に立ち会えるかもしれないのだから。


アワレコ記録達成を心待ちにしているのはイギリス人だけではない。
一部のイタリア人もしかり。

6月28日~7月3日に開催されるトラックのイベント、フィオレンツォーラ(於イタリア)にウィギンスは出走予定で、
アワレコ記録保持者となれば、箔がつく。

当然のように、注目度は高い。

アワーレコードは挑戦のタイミングが肝心。
去年早々にチャレンジしたイエンス・フォイクトやIAMのマティアス・ブレンドルは
記録保持者なり得た。

けれど5月にダウセットが52.937kmを出し、ハードルがぐっと上がった。

カンチェッラーラは、慎重になったのかまだ挑戦意思表明がない。
一流選手なだけに、なおさら、後になるほどプレッシャーは増す。
機材メーカーともども、ウィギンスの数字が気になるところ。

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下の写真は2007年ダンケルクのレースにて。
初日プロローグで優勝した。
My初生ウィギンズ(チームは当時コフィディスだった。

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2015.05.22 Fri | Road Races| 0 track backs,
マンセボはなぜパコと呼ばれるのか
ツアー・オブ・ジャパン(TOJ)にフランシスコ・マンセボが出場している。

スペインの新聞記事では、彼はパコ(Paco)と呼ばれており、
以前なぜだろうと疑問に思い、調べたことがある。


マンセボに限ったことでなく、フランシスコの愛称がスペインではパコなのだ。
理由はアッシジの聖フランシスコ(聖人)にまつわるもの。

聖フランシスコ(イタリア語のフランチェスコ)は、
el Pater Comunitatis (el Padre de la comunidad)として知られていたのだ。
その頭文字をとってPacoなのだそう。


パコは、2006年のオペラシオン・プエルトでチーム解雇になるなど
サイドラインに追いやられたものの、いまだに現役で頑張っている。
バネストの生え抜きで、その実力はやはり確かなものだ。

TOJでもどこまで食い込むか楽しみだ。


(一方で、日本人選手の状況が気になる。

かつて福島兄弟、新城幸也選手、宮澤崇史選手、清水都貴選手ら日本人選手がみどころをつくってくれたものだけど、
今回、その頃に比べ、日本人の存在感がぐんと高まった気がしない。

かなり以前、三浦キング氏は、日本人は薬をやらない分欧米勢に比べレースで不利なんだ、と言っていた。
昨今その頃よりずっとクリーンになっているのに、こういう状況というのはなぜだろう?)


写真は2005年ロマンディのパコ。
翌年AG2Rへ移籍の後、5月のオペラシオン・プエルトでツールを開始前に追われ、チーム解雇となる。


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2015.05.21 Thu | Road Races| 0 track backs,
ジロ / リッチー・ポート、47秒遅れに加え2分のペナルティ その該当ルールを読んでみる
 2015年ジロ第10ステージ / ポートには、UCIのどんな規則が適用されたのか?


ジロ第10ステージ、予想外の波乱があった。

優勝候補の一角と目され、休息日の会見でも、
「僕はエースにふさわしい」といった自己表明をしていたチームスカイのリッチー・ポートが
不運にもパンクに見舞われ後れを取り、47秒を失った。

のみならず、その後、チームスカイのサイトでも確認された通り、2分のペナルティが追加されたという。
トラブル時、敵チームのサイモン・クラークからホイールの提供を受けたから、というのがその理由。

UCI規則にのっとった措置がこれまでなされたケースの実例が浮かばない。
一体どの条項が当てはまったのだろう。


探してみたところ、これだった:

UCI.png

12.1.040 条
Non-regulation assistance to a rider ofanother team
(他チームの選手に対する規定外の援助)


8.1項 One-Day Race (ワンデイレースの場合)
Elimination + 200


8.2項 Stage Race(ステージレースの場合 ← 今回のジロはこれ)
200 per offence and 2’, 5’ and 10’ penalty and (200スイスフランの罰金と、2、5 あるいは10分のペナルティ)

elimination + 200 from 4th offence (4回目以降は失格+200SFの罰金)
Any other licence-holder : 200 (その他のライセンス保持者:200SFの罰金)



つまり、他チームの選手からアシストを受け、初違反だと2分のペナルティが科される。
2度目なら5分となるところ。

このチームを超えた援助規定、これまで小さいところではちょこちょこあった。
水のボトルを渡すなど。
レース中のエースが不運に見舞われたらプロトンが速度を緩めるというのは一般的なこと。

ライバルによるメカトラのアシストといった一歩踏み込んだ行為が過去あったのかどうかは不明だけど、
もしあっても、これまで見落とされていたかもしれない。


けれど昨今、ネットで即刻、かつ大々的に各種レース風景がアップされるようになり、
出された画像の内容次第では、審判側としては看破しにくくなるだろう。
今回のポートのケースのように。
(UCI関係者はネット上の画像で本件見逃せない状況と認識したとも聞く。)


思い出す光景がある。
あるレースでスペインの選手が露骨に車にしがみついていた。
遠くから目の前にくるまでずっと見ていた感じでは、ふもとからかなり長い間つかまって上っている風情だった。

ただしTVカメラはなく、そばに審判もいない。
ペナルティは一切なしに終わった。
その一方で、前日、ほんのちょっとつかまっただけで、それがばっちりTVに映り失格になった者がいた。
関係者の目が行き届いているかどうかがひとつカギになっていると感じた。
でも、リアルな画像の流出が、今後監視役を果たすようになるかもしれない。


それにしても昨日、単に47秒遅れだっただけでも幹部で元選手ダリオ・チョーニの表情は厳しかった。
選手時代の方が温和に感じられたほど。
監督業は大変だ。
2007年ロンドンステージにて、チョーニ。


P1310825.jpg


一方、ホイールを渡したクラーク、自らも、同様の罰則を受けてしまった上に、
良かれと思ったことが裏目に出て、後味悪いことだろう。(↓JCにて)

P1210867.jpg


パンクさえなければ、スカイのメカニックたちが、素早く到着できていれば、、、
そう思うと、スカイのメカニックたちも、面目ない気持ちでいっぱいなのでは。

上記で触れたスカイのサイトで、総指揮官ブレイスフォードが前向きなコメントを出しているな、と思ったけれど、
その後ふつふつと怒りが言葉に現れるようになった模様ですね。


参考/速報:

2015.05.20 Wed | Road Races| 0 track backs,
15年前のロードレースニュースの時代感
1999年~2013年のロードレースニュースのアーカイブをLivedoorサイトに移行する作業をする中、
、フランドル一周にスペインチームが一切出場しなかった話が登場し(2001年春先のニュース)、
ワールドツアー制度などなかったあの頃は、出場レースをチームがかなりの自由裁量で決めていたのを思い出した。

15年前の丁度今日、つまり2000年5月19日にインプットしたニュースを再掲してみるとー

◆ベルツィンの「どうなってるの?」

ジロの直前のヘマトクリット(ドーピングの指標となる血液成分)検査でひっかかり、モビルレッタを解雇された格好だったベルツィン。しかし、チーム幹部は、必ずしもドーピングのせいだったとは言い切れない、結論を急ぎすぎたと述べた。

そして、もしも彼さえよかったら戻ってきてもいいと。更に、監督は、「ダメージによる損害賠償で僕を訴えたかったら訴えてもいい」とまで言った。

今回の一件で、チームはフィアットのスポンサーの一部を失う可能性もある。となると、ベルツィンの年俸に影響が出る可能性あり。



当時ヘマトクリットの値が50%を超えると完全アウト、という認識があったにもかかわらず、
まあいいか、の空気が蔓延していたことを痛感する。

そういえば、ベルトランも、1990年代後半に何度かヘマトクリット値に疑惑を抱えつつ、
不問に付されてきた経緯がある。

かと思えば、パンターニなどはヘマトクリット値が超えたからとジロ優勝を目前に追放されるなど
基準がなんとも場当たり的なこと。

この曖昧さが、いまだに根深い問題を残している。


ちなみに、私が上記のニュースに注目した理由は、丁度15年前のニュースだから、というだけではない。

先日パンターニの映画「イル・ピラータの真実」の試写会に行き、
そこで見たベルツィン(ベルジン)の体型が見る影もなく驚いた。

yjimage.jpg


映画の中では時代の証言者としていい味を出していたけれど、
名前のキャプションがなければ本人とは気づかなかった。

金髪をゆすりながら、TTで軽やかに舞ったあのベルツィンはいずこ?

ああ時は流れる。
2015.05.19 Tue | Road Races| 0 track backs,
訂正が入りましたので注意 > 【Raphaプレスリリース】全7種のツアー・オブ・ジャパン限定キャップを会場にて販売 モバイルサイクルクラブがホストするレース観戦ライドも全ステージで開催」
先のRaphaのお知らせのキャッププレゼント部分に訂正が入ったので以下掲載。
なお元のエントリーも訂正済です。


(誤)
「富士山ステージのみライドは開催せず、自走でふじあざみライン5合目まで観戦にやってきたライダー先着15名にキャップをプレゼントするキャンペーンを実施します。朝9:30から10:00までに5合目まで愛車とともにお越しください。Raphaスタッフが「富士山キャップ」をお渡しいたします。」

(正)
「富士山ステージのみライドは開催せず、自走でふじあざみライン5合目まで観戦にやってきたライダー先着15名にキャップをプレゼントするキャンペーンを実施します。朝8:30までに5合目まで愛車とともにお越しください。Raphaスタッフが「富士山キャップ」をお渡しいたします。なお、当日は7時より交通規制が入るため、自走の際はそれ以前に登り始める必要がございます。」
2015.05.18 Mon | Road Races| 0 track backs,
ツアー・オブ・ジャパン / 第2回大会でNHK21時のニュースで特集された橋川健選手
 ランス・アームストロングとチームメートだったときの橋川選手の画像を久々に再アップ


ツアー・オブ・ジャパン(TOJ)というロードレースの大会があることを初めて知ったのは、
NHKの21時のニュースだった。

1997年、第2回TOJを前に、”ベルギーチームで走る注目の日本人選手”の特集があった。
ベルギー一人暮らしでお米を研ぐ姿が映し出されるなど、ちょっとした密着取材だった。

東京ステージを見に行った。
橋川選手はTVカメラとマイクで包囲され、やはり注目度は抜群。

hashi23.jpg


当時は外国人選手が圧巻で、橋川選手、区間でも総合でも表彰台には立てず。

【個人総合順位】
1位 バート・ボウエン(サターン) 21:23:00
2位 リカルド・フェラーリ(日本鋪道) +1:17
3位 ピーター・ロジャース(ZVVZ) +1:52



その後、橋川さんは帰国し、ブリヂストンアンカーへ移籍。

一方当方はその頃、本ロードレースのサイトを立ち上げ、
2001年からはネット形式の人気投票のページを設置。

橋川選手からも、人気投票の清き一票が舞い込んだ。
(現役選手から投票が舞い込むとは思いもよらず、驚いたのを覚えている。)
その中で、1992年、実はランスと同じチームに所属していたことがある、と明かした。


以下再掲:


はしかわ けん さん より -------------------------

好きな選手 : ランス・アームストロング
理由 :ランス・アームストロングについて、元チームメイトとして一言 言わせてもらおう。ランスはイイ奴だ。僕が研修生としてモトローラで走った92年、彼はまだチームに馴染めない俺を「ケーニー」って呼んで気を使ってくれて、ツール ド ラブニール(リトル ツール ド フランスと呼ばれる、ソシエテ ド ツール……が主催のツアー)でルームメイトになった時なんて、俺のイビキをモノともせず、「気にするな!」って言ってくれた!!俺のイビキを「気にするな」と言ってくれた選手はこれまで藤野 智一とランスだけである。

好きなチーム:モトローラ
理由 :やっぱ、いろんな事を経験させてくれて、このチームで得た事は今でも僕の財産である。僕にとって手の届かなかった、ドリーム チーム。

好きなレース:自分が走る海外のレース
理由 :バンバン動きがあって面白い!

-------

最後にメッセージ欄には、本人のHPに関する情報をよせてもらった。
(現在はFBに移行


さて、そのランスとチームメートだったときのポスターは、今も家宝としてとってある。


hashi45.jpg


橋川選手はココ:

hashi46.jpg


選手紹介。左下に:

hashi2.jpg


ちなみに1997年ジャパンカップの際には、前年、つまり1996年のレース風景のオレカが販売され、
右に橋川選手が写っていた。

hashi34.jpg



今振り返ると、1997年のTOJはひとつの契機だった。

つまり、それまでインドゥラインなど、海外選手に目が向いていた自分に、
日本選手の存在をアピールしてくれたのが、NHKの橋川選手特集であり、
それを受けて実際に観戦に行ったTOJだったというわけだ。


さて、いよいよTOJ開幕。
それぞれの記憶に残る場面が、さまざま創出されるに違いない。

.
2015.05.18 Mon | Road Races| 0 track backs,
マルコ・バンディエラがジロで見せたパパへのメモ
昨日のジロ。
逃げながらカメラにメモ書きを見せてアピールしたバンディエラの記事が
地元ヴェネト州の新聞La Tribuna di Treviso一面に出た。

Bandiera.jpg


父が56歳の誕生日だったのに加え、軽度の自動車事故を起こし負傷したため
それの快気を祈る内容だ。
2行目のRimettiti prestoが、いわゆる英語のGet well soonに相当する。

全文は、
«Auguri papà. Rimettiti presto. Ti voglio bene. Un abbraccio, Marco».

お誕生日おめでとう。早く治ってね。愛してるよ。
(そして最後のUn abbraccioは親愛を込めた締めの言葉)


テレビで毎日観戦していた父(ケガで腕を数針縫った模様)もこれにはびっくり。
そばに住む祖母も、同様で、とにかく怪我せず走って欲しい、と祈っているという。

=>La Tribuna di Treviso
2015.05.16 Sat | Road Races| 0 track backs,
ツアー・オブ・ジャパンいよいよ開幕
TOJことツアー・オブ・ジャパンが5月17日から開幕。

数週間前から、都内自転車文化センターには、関係のチラシが置かれていた。
今年の全体レースのチラシデザインはパステルカラーでかわいらしい。

初登場のいなべステージのチラシは別途用意されている。

写真 2 (47)


海外トップチームとしては今年もランプレが参戦し、
ルイ・コスタの兄マリオも到着した模様。
FBで日本に到着した旨アップしている。
FB表紙のMario Costaという文字の書体がお洒落。

https://www.facebook.com/MCMarioCosta/timeline



ちなみに上述の自転車文化センター、置いてある小物も自転車がらみだったりする。


写真 4 (9)
2015.05.16 Sat | Road Races| 0 track backs,
チクリッシモ第45号発売情報!
10年目に突入したチクリッシモ。次号は春のクラシック特集です!:


<CICLISSIMO NO.45 概要>
CICLISSIMO NO.45/チクリッシモ第45号
春のクラシック号

5月18日(月)発売 定価1,620円[税込]

A4ワイド判 116ページ

特集=
保存版 砂田弓弦が解説
ロードレースの見方教室
 ・フォトグラファー砂田弓弦が自ら撮影した写真を駆使して
  全5章でロードレースの見方を分かりやすく解説

特集=
ロードの格闘技
“石畳クラシック”

 ・フランドルvsアルデンヌ 異種なるクラシック
 ・フランドリアンとアルデネ かくも違う人々
 ・インタビュー ニキ・テルプストラ
 ・インタビュー ショーン・イェーツ
 ・石畳のスペシャリストたち“パヴェ喰い”
 ・石畳レースの楽しみ方 パリ〜ルーベの2日間

クローズアップ! 石畳レース機材

春のクラシック 全8戦レポート&総括
 ミラノ〜サンレモ/ツール・デ・フランドル/パリ〜ルーベ/
 リエージュ〜バストーニュ〜リエージュの
 モニュメント4戦を含む全8戦のレポートと
 仏記者JF・ケネによる総括
 

(いつものアマゾンサイトへの埋め込みができないので、リンク以下)
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C-45_cover_0501.jpg
2015.05.15 Fri | Road Races| 0 track backs,
ジロ第5ステージ終了ですでにコンタドールが総合リーダーに
連日 日替わりでフレッシュな区間優勝者が出ているジロ。
それぞれが輝いて、好ましい展開。

2004年のようにペタッキひとりで9勝という状況だと、
表彰台のたびにデジャヴで、
区間ごとの印象が大味になってしまうのだった。

総合もこの感じで日替わりだと、いろんな選手の感激の様子が見られて
興味深い。

けれどさっそくコンタドールが総合首位をとってしまった。
このまま居続けるより、
一旦は手放して様子見、という選択肢をとってくれると、
主人公の座がいろんな選手に巡っておもしろい。

そして本日の写真は:
1日夢を味わったサイモン・クラーク。
Call me maybeのポーズを注文してみた。
ジャパンカップにて。

P1210867.jpg
2015.05.14 Thu | Road Races| 0 track backs,
【Raphaプレスリリース】全7種のツアー・オブ・ジャパン限定キャップを会場にて販売 モバイルサイクルクラブがホストするレース観戦ライドも全ステージで開催
●富士山ステージでのキャッププレゼントの概要に訂正が入りましたので、ご注意下さい。(下記引用枠の中の★部分:すでに訂正内容を反映済)


Raphaニュースレター

全7種のツアー・オブ・ジャパン限定キャップを会場にて販売
モバイルサイクルクラブがホストするレース観戦ライドも全ステージで開催


ロンドン発のロードウェアブランドRapha(ラファ)は、5月17日(日)より開幕する日本最大のステージレース、ツアー・オブ・ジャパン(TOJ)の全ステージをモチーフとした限定キャップを、各ステージ現地ブースにて販売いたします。また、移動販売車両「ラファモバイルサイクルクラブ」にてレース観戦ライドをホストします。

「ロードレースを世界で最もポピュラーなスポーツにする」ことをブランドの大志として掲げるRaphaでは日本最大のステージレース、ツアー・オブ・ジャパンの各ステージに着想を得たオリジナルデザインの限定サイクリングキャップをレース会場にて販売いたします。

Cap2.png


5月17日に大阪・堺で開幕し、三重県いなべ市、岐阜県美濃市、長野県飯田市、富士山、静岡県伊豆修善寺、そして東京の全7ステージで開催される今年のTOJ。各ステージの会場現地にて、そのステージをモチーフとしたサイクリングキャップを販売します。キャップの販売は、各レースのゴール地点付近に設置されるRaphaブーステントにて行われます。

また、このTOJで移動販売車両である「ラファモバイルサイクルクラブ(MCC)」も各ステージのコース沿道に設置されます。TOJ期間中は、Raphaのニュースレター購読に登録いただいた方に、無料のコーヒーとRapha特製スティッカーをプレゼントいたします。この移動販売車両は、TOJ後に全国を巡り各地でライドイベントのハブ・Raphaの出張店舗として正式にスタート予定ですが、このTOJでまずは外装を披露します。

Car.png


また、レース会場までライドするTOJ観戦ライドを全ステージで開催します。ライドの詳細・参加申し込みはMCCのページをご参照ください。
http://pages.rapha.cc/ja/clubs-ja/louison

★(訂正後最新版)「富士山ステージのみライドは開催せず、自走でふじあざみライン5合目まで観戦にやってきたライダー先着15名にキャップをプレゼントするキャンペーンを実施します。朝8:30までに5合目まで愛車とともにお越しください。Raphaスタッフが「富士山キャップ」をお渡しいたします。なお、当日は7時より交通規制が入るため、自走の際はそれ以前に登り始める必要がございます。」


ツアー・オブ・ジャパン限定キャップ
価格:3,000円(税込)
カラー:全7色(1会場1色の販売予定)
販売場所:TOJ各ステージに設置されるラファモバイルサイクルクラブにて
※限定個数につき売り切れの際はご容赦ください

ツアー・オブ・ジャパン観戦ライド
ラファモバイルサイクルクラブ公式ページからFacebookページ/Rapha公式サイトを通じての参加申し込み。
http://pages.rapha.cc/ja/clubs-ja/louison
各ライド定員15名。
※富士山ステージはライドを行わず、自走でお越しの先着15名様にキャップをプレゼントするキャンペーンを実施。
2015.05.13 Wed | Road Races| 0 track backs,
トム・スクジンズ、ツアー・オブ・カリフォルニアで区間優勝
米国でも注目度の高いツアー・オブ・カリフォルニア第3ステージでトム・スクジンズが優勝した。

去年ハツール・ド・ボースで総合優勝。
2013年はロード欧州選手権銅メダル、ロード世界戦5位。
2011年はフランドル一周U-23で2位。

現在23才。
今後上位チームへの移籍(例えばパートナーシップを組BMCとか)も十分ありだろう。

所属チームは、ジョージ・ヒンカピーが兄のリッチーとともに運営する
UCIコンチネンタルチーム登録のヒンカピーレーシング。

同チームは若手育成チームとして創立4年目。
もっぱら北米のレースに出場しおり、ウエアはもちろんヒンカピースポーツウエアが供給している。

現役時代からコーヒー販売ビジネスを手始めに次々とビジネスを展開していったヒンカピー。
コロンビア人の父を持つ彼の商才はなかなかのもの。

ちなみに以前書いた(教えていただいた)通り、スペイン語でヒンカピエという名詞は脚にまつわる言葉。

hincapié = 熟語「Hacer hincapié」 で「しっかりと立つ」という意味。
eの上にアクセントがついているので、スペイン語読みだと、インカピエになるはず。
(ヒンカピーの苗字Hincapieの最後のeにはアクセントはついていないけれど、
もともとついていたアクセントが脱落したとも考えられる。)

ということで、ヒンカピーの脚といえば、以前ツールで撮影したこの写真を
お約束通り貼りつけておく。


hincapiefeet2.jpg

hincapiefeet.jpg


ヒンカピーの兄、ジョージとあまり似ていない:
http://hincapieracing.com/team/
2015.05.13 Wed | Road Races| 0 track backs,
マイケル・マシューズ / TOJでの優勝から5年後、ジロでマリア・ローザ着用
2015年ジロ第3ステージで優勝したマイケル・マシューズ。
初日TTT(チームタイムトライアル)でも所属するオリカ・グリーンエッジが優勝したので、
現在首位の証・マリア・ローザを着用中。

2009年には来日し、ツアー・オブ・ジャパン(TOJ)に出場。(以下写真)
奈良や伊豆ステージで4位だった。

P1540485.jpg


2010年のTOJでは、弱冠19才ながら、エースをはり、区間優勝も達成。
オーストラリア通の友人などは、一押しとして、その頃から大注目していた。

実際、その5か月後の2010年世界選ロードU-23では金メダルに輝いた。


以下は、2010年TOJレース前、ツーレが撮っていた写真。
その数時間後、優勝することになろうとはつゆ知らず。
この堂々たる風格:

P1670167.jpg


初日個人3km弱のTTではチーム内最終出走。
そして優勝。

P1680318.jpg



レース後は、なぜか食パンを持参し表彰台に向かう。
隣にいるコーチは、ニール・スティーブンス(元オンセ)の兄、ブライアンだ。

P1820769.jpg


優勝インタビュー。
ピアスなどをちゃらちゃらつけて、チャラ男に近いようなあだ名(「Bling」=キラキラ君)がつけられていたが、
このときはピアスなどはしておらず。

P1820784.jpg


2011年にプロ入りした際は地元豪州チームのオリカ・グリーンエッジ(OGE)はまだ結成前。
ラボバンクという、やや意外なチームに収まった。
晴れてOGEに移籍できたのは2013年のこと。
やはり表情を見てものびのびと走れている印象で、成績も上向いた。

はてさてこのマシューズ、一体どこまで伸びるのだろう。
TOJでの優勝は5年前だというのにまだ24才。
将来が楽しみなひとりである。

P1680333.jpg


さて、この年の堺ステージはといえば、TT前にクリテリウムもあり、2度おいしかった。

P1670477.jpg


優勝は鈴木真理さん。

P1680392.jpg


レース後には自転車博物館(この日は無料)にも繰り出した。
天候にも恵まれ、絶好の観戦日和なのだった。
2015.05.12 Tue | Road Races| 0 track backs,
ジロ出場の石橋学選手
 プロトンの選手と心理状況

NIPPO・ヴィーニファンティーニ・デローザの石橋学選手がジロに出場している。

ロードレースというのは、人間の感情を競技に込める傾向が強い側面があり、
闘い方次第では、精神的にしんどいかもしれない。

とくにプロトンが重視するのが、リスペクト、という感覚。


レースリーダーが不可抗力でアンラッキーな落車に巻き込まれれば
ライバルであろうとプロトンは待つ。
スプリントの際は、相手が広く敬意を集めているトップライダーの場合、
かなり格下の選手は強引で無謀な割り込みをすることは慎む。
(頭に血が上っていればそうでない場合もあろうが、スプリンターの証言を鵜呑みにすれば。)

亡くなった人へのリスペクトから、1日レースをニュートラルにする、ということもある。

当然、それとは逆の側面があることも忘れてはならない。

ディスリスペクト(リスペクトの逆)、という感覚。

相応しい闘いができない選手が、一流選手から仕打ちを受けたケースもある。
かつて、チポッリーニなどは一流スプリンターと認めていないケルメの選手が割り込んできたことで
怒りを爆発させたことがあり、その際、「雑魚のくせに」みたいな言い方をしていた。

ロードレースは、相手の格を意識し、それが実践の場で反映される。


それだけに、出場中の選手からの評価や、彼の出場により出る機会を逃した選手の心情を考えると、
本来的には、それに相応しい闘いをしなければならない。


石橋選手、百戦錬磨ステップを踏んで出場したジロというわけではないだけに、
肉体面だけでなく、精神面もきついかもしれない、と想像する。
それをどう克服するのか。レースはまだはじまったばかり。



話題の赤い噴水、ジロは大好き。
2009年パドヴァのアレーナ公園でも。

P1570391.jpg
2015.05.11 Mon | Road Races| 0 track backs,
ジロのトロフィー
今日からイタリア最大の自転車ロードレース、ジロ・デ・イタリアが開幕する。

あのフォトジェニックで独特のかたちをしたトロフィーを勝ち取るのは誰か?
巷ではあれこれ期待感が募る中、10年前、ジロのトロフィーが来日を果たしていたことを思い出す。


giro.jpg



東京ドームで開催されたイタリア展の開場にジロ専用の特設コーナーが設けられていた。
ヴェネチアの仮面や衣装の派手な展示の脇で注目度は低かったが、実は意外に豪華な展示内容だった。


歴代優勝者名が書かれた表面。
2005年1月のことなので、まだ2004年の勝者Cunegoの名前までしか入っていない。
2003年はSimoniの名前。

RIMG3456.jpg


ポスター展示には時代感が漂う。

RIMG3472.jpg


毎年変わるジャージ、2005年度版。

RIMG3460.jpg


お宝としては1948・51年ジロ優勝者であるフィオレンツォ・マーニが1949年ツールで使用したバイク。
結果は区間1勝と総合6位だった。

RIMG3473.jpg


マーニの雄姿を称える記事のコピーも展示!

RIMG3466.jpg


フランチェスコ・モゼールの実車も展示。
ギザッロ教会所蔵のものが、るばる日本までやってきた。

RIMG3463.jpg

当時の新聞コピー。
Immensoの文字。英語でいうところのImmenseだろう。

RIMG3464.jpg


ビデオではジロの名場面。
この時点ですでに亡くなっていたパンターニの姿も。

RIMG3492.jpg


自転車ブームも今ほどでなかった10年前。
気に留める人もほとんどなく、閑散としていたのが残念。
2015.05.09 Sat | Road Races| 0 track backs,
2001年3月までのロードレースニュースを復刻終了。==> JUMP

こんなこともあったっけ、と思ったのは、夢と消えたツールと五輪のコラボ計画。
2001年3月28日のエントリー

パリが2008年オリンピック招致に成功すればツールをそれに絡める構想がある、という話があった。
開会式の演出に含めるとか、華々しい露出を考えていたようだが
北京にその座を奪われたため、実現しなかった。
今読み返すと、ああ残念。
2015.05.08 Fri | Road Races| 0 track backs,
アワーレコードさらに更新、6月には、満を持してウィギンス登場
5月2日、モビスターのアレックス・ダウセットがアワーレコードに挑戦し
52.937kmの記録を樹立した。
それまでの新記録は、2月8日のローハン・デニスの52.491km。

去年9月にフォイクトが51.110kmで新記録を立てて以来、
どんどん記録が上塗りされる。
となると、挑戦するタイミングがカギだ。

去年、アワーレコードに用いるバイクにかけられていたUCI規制が一部変更となったのを契機に、
フォイクトが挑戦し記録を達成。

それに鼓舞され、10月に挑戦に即断したマティアス・ブレンドレは、51,852kmを出し、
シーズンオフともあいまって、3ヶ月間も記録を保持できた。

つまり、去年の時点では、なにやら先手必勝の様相だった。

今年に入ってからは、入念に記録を狙う真打ちが続々登場し、
トーマス・デッケルなどは好タイムだったにもかかわらず、2主観前にローハン・デニスが52.491kmを
出していたため記録達成ならず。

6月7日には遂にウィギンスが挑戦するそうで、記録にもよるだろうが、その後はなかなかチャレンジしづらくなりそう。

カンチェッラーラはかなり慎重になっている雰囲気だ。
早いうちに登場していれば気は楽だったはずだけれど、記録を作ること自体より
ハイレベルの記録そのものを狙う王者としては、万全の体勢でのぞみたいのだろう。

後になるほど、挑戦は重くなる。
2015.05.07 Thu | Road Races| 0 track backs,
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