カルロス・サストレ来日予定(は最終的にキャンセルに)
河北新報ONLINEによると
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201507/20150731_14015.html

カルロス・サストレが「ツール・ド・東北2015」(河北新報社、ヤフー主催)に出場するため来日する予定だという。

父の影響なのだろう。彼は若いころから慈善事業にいそしんでいて、父の財団とは別に
みずからも現役時代からベルギーの小児癌の子供たちの支援をするなどしていた。

”被災者に宛てた応援メッセージ入りのジャージー”の提供を受けたことからこの東北での企画が実現したという。


そういえば、以前淡路島ライドにサムエル・サンチェスとイゴール・アントンがきたときも驚いた。

エウスカルテルはほかにも来日したがっている選手がいたけれど、
ジャパンカップの招待枠を得ることはできなかった。


近頃のサストレ、かなりふっくらした印象があったので
ツール・ド・草津のグレッグ・レモン的な光景を想像している。

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追記)
その後、予定変更で、サストレの来日はならなかったけれど、
スポンサーからは、物資供給面などで多大なサポートがあった。
2015.07.31 Fri | Road Races| 0 track backs,
Rapha / チームスカイのツール・ド・フランス優勝記念 Victory T Shirtが発売
Raphaのニュースから:

チームスカイのツール・ド・フランス優勝を記念するVictory T Shirtを発売

ロンドンのサイクリングウェアブランドRapha(ラファ)では、ウェアサプライヤーを務めるチームスカイのクリス・フルームのツール・ド・フランス総合優勝を記念し、限定のTシャツをリリースいたします。

7月4日から7月26日まで争われた2015年のツール・ド・フランス。チームスカイは序盤から高いチーム力を発揮し、万全のアシストを受けたエースのクリス・フルームが自身2度目となるツール・ド・フランス総合優勝の栄冠に輝きました。

チームスカイのオフィシャルウェアサプライヤーであるRaphaでは、この優勝を記念するTシャツをリリース。ツールの最終ゴールであり栄光の舞台であるパリ・シャンゼリゼをイメージし、凱旋門をデザインアイコンとした一着です。

TS.jpg


凱旋門には2015年のツールで選手達が越えてきた山岳の名前が細かく刻まれ、また栄光を勝ち取った9名のチームスカイライダーの名前がプリントされます。


今年も多くのドラマと興奮とを与えてくれたツール・ド・フランスとチームスカイ。その双方を讃える一着をお楽しみください。Raphaオンラインストア、および東京と大阪の直営店ラファサイクルクラブにてお求めいただけます。


Team Sky Victory T-Shirt

サイズ:XS、S、M、L、XL
カラー:ブラック
価格:6,000円(税込)
製品ページ:http://www.rapha.cc/jp/ja/shop/team-sky-victory-t-shirt/product/TVT01
2015.07.28 Tue | Road Races| 0 track backs,
チーム優勝の思い出
チーム優勝の表彰台を見て、ふとなつかしく思った。

1999年、バネストがチーム優勝をかざり、その中継をフランス・コルマールのホテルで見ていた。

当時、途中のステージは見物に行ったものの、最終日は混雑していそうで、
行く気がせず。
スキップしてパリ経由アルザス地方までやってきたのだった。

テレビに映し出された団体表彰台風景には、
ひとり違和感のある人が立っていた。
凄くカジュアルな私服で(茶色いTシャツに茶系の七分ズボン)
チームメイトと一緒に立っている。

手には三角巾。
ケガをしてリタイアした選手が、表彰台のためにパリでみんなと合流したらしい。

目立っていたのはそのいでたちだけではなかった。
包帯姿であるにもかかわらず、さらに完走できなかったにも関わらず、悪びれもせず満面の笑みを浮かべて立っていた。
その顔はとても誇らしげで、離脱した口惜しさなどみじんも感じられなかった。

印象に残ったので、その名を脳裏に刻んだ。
マヌエル・ベルトラン。

その小さな一コマでファンになったりしたものだ。
チーム優勝の思い出。

そして今年、チーム優勝は、そのバネストの血を引くモビスターだったのだ。

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2015.07.27 Mon | Road Races| 0 track backs,
なつかしの「英雄たちの夏物語」
「ライトスタッフ」のテーマソングを聞いて、ツール好きなら真っ先に浮かぶのが、「英雄たちの夏物語」。
かつてフジテレビで放映された、ツールのドキュメンタリーで曲が使用された。


このほど油井亀美也さんを乗せたロシアの宇宙船「ソユーズ」が打ち上げに成功し
にわかにこの「ライトスタッフ」が注目を浴びている。

飛行機のパイロットから宇宙飛行士へ、というシナリオが、映画と同じであるのだそう。
HさんのFBに掲載されていたYOUTUBEを見ていたら、なつかしさがこみ上げた。

以下動画4分以降、4分38秒あたりからの盛り上がりにかけ、ちょっと古びた真夏のツールが頭の中で蘇る。


2015.07.24 Fri | Road Races| 0 track backs,
Ready Go JAPAN / 海外遠征ニュース
以下、最近のRGJ関連ニュースから。

全日本選手権ロードレースレポート;
http://readygojapan.cocolog-nifty.com/blog/2015/06/rgj-ae50.html

今年からよりNPO法人で運用を開始した、女子ロードレースランキング「風の女神ランキング」:
http://readygojapan.cocolog-nifty.com/blog/cat23849816/index.html

来る8月9日(日)には、第9回RGJトライアウトとともに、日本で初の「賞金付き女子ロードレース」となる、
千葉県成田市で開催の「Ready Go JAPANトロフィー・ウイメンロードレース2015」(RGJチーム主催大会)関連News:
http://www.jbrain.or.jp/rgj/2015rgj-trophy_tryout.html

****

なお、来る8月30日と9月2日に中国・北京と海口で開催される、
UCIシクロクロスレース「Qiansen Trophy Cyclo-cross」に、
RGJチームから須藤むつみさんと伊藤千紘さんが参戦することが決定したとのことだ。

RGJ伊藤さんは2011年のエタップ・デュ・ツール参加以来の海外遠征で
UCI公認レースには初参加。

一方、RGJ須藤さんは1997年にオランダHeerlenでエキシビジョンとして開催された
世界初のW杯シクロクロス女子レースに参戦して以来のシクロクロス海外遠征とのこと。

他チームからの選手やスタッフを含めて選手7名(うち女子はRGJチームの2名)・スタッフ3名を遠征に派遣する。
RGJチームとしては、久しぶりの海外遠征。
気合も十分だ。
2015.07.24 Fri | Road Races| 0 track backs,
TJ ・ヴァンガーデレン 呼吸器系感染症で突然の棄権 
■ 「消えてしまいたい・・」


総合3位に位置していた選手が、休養日明けに突然不調となり去っていく・・

驚きの展開で、TJ ・ヴァンガーデレンに一体なにが起こったのか、不思議に思ったが、
呼吸器系の感染症を患っていたという。

第13ステージから症状が出ていたものの、なんとかもちこたえ、
休養日に一気に悪化したようだ。

CNには以下の通り書かれている。

「今朝起きて、最悪の状況は休息日だった、体調を回復させることができた、と感じた。
夜は眠れたし、レースには準備万端、ノーマルに近い感じで希望を感じて楽観的でいたが、
ひとたび走り出したら、筋肉にエネルギーはなく、ペダルを踏みしめることができなかった。」

ツールで表彰台争いをしていたその翌日に、突然チームカーの中、
そんな急転直下の展開に、相当打ちのめされている。

妻に電話で報告するのは辛かったようだ。

「消えてしまいたい」という言葉に胸が痛む。


2012年、キャプテンのカデル・エヴァンスと上位争いを展開し、
下剋上でエースになったTJ。
(総合5位でフィニッシュ・新人賞。カデルは7位)


2012年ツール最終TTのTJ:

P1120023.jpg

P1120025.jpg

あのときはイケイケで、怖いものなしに見えた。
いまやエヴァンスは引退。
心理的障害はなくなった。
チャンス到来となったものの、それですべてがうまくいく訳でもない。
勝つためのあらゆる要素をそろえるのは つくづく難しい。



”I woke up in the morning today and I felt like the worst of it was on the rest day, and I had given my body a chance to recover. I felt hopeful and optimistic and I had a good night sleep and I felt ready to race, I felt closer to normal. But once I got out there, my muscles had no energy and I couldn’t push.

“Straight away from the start, I knew this wasn’t good, and hopefully I could just hide and ride into it for a few kilometres and I would feel better but those sensations never came. Oh man, it is hugely disappointing.

“Yes, absolutely. To be fighting for a podium in the Tour de France and then the next day you are sitting in a car, it was hard. It was hard to look my teammates in the eyes, hard to call my wife and explain to her what was going on. It was a lot of emotions. It almost feels like I want to just disappear right now.”


http://www.cyclingnews.com/news/tour-de-france-i-want-to-just-disappear-right-now-says-van-garderen
2015.07.23 Thu | Road Races| 0 track backs,
ルーベン・プラサ
 ジュニア時代の輝きをプロにもちこせず、ポルトガルのコンチネンタルチームでの奮闘人生を経て初のビッグウィン


2015ツール第16ステージで初優勝をあげたルーベン・プラサ(Ruben Plaza、プラザと書いてプラサと読む)。

地元スペインチームにおいては、なかなか監督から全幅の信頼をおかれず、
新しい選手が加入する際、すぐに交代メンバーとして放出される、
そんなイメージが強い。

07年末、トップチームから格下のポルトガルチームへと移籍したので、
その後の状況が気になっていた。
08年アルガルヴェ一周の際に見かけ、マークした一人だった。


ルーベン・プラサ(当時はポルトガルのベンフィカ所属)

P1220892.jpg


TTが得意で、長い手足をもてあますかのように疾走する姿が印象的。

アルガルヴェ一周の折には、TTで勇姿の写真を撮るぞ、と意気込んだが、当日はあいにくの雨。

さらによりによってプラサの時は焦り過ぎてまともに撮れず。
当時のデジカメの連写スピードの遅さを嘆いた。


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この長い手足。
たしか身長は190cmほどだったかと。

P1220431.jpg


iBanesto.comでデビューし、スペインチャンピオンになったりしたが、全体的にケガで精彩を欠き、
やがてケルメ(コムニダバレンシアナ)へ。

その後iBanesto.comの後身ケスデパーニュに返り咲いたがしかし
数合わせだったのか、たった1年限りで放出。

ポルトガルのベンフィカへ移籍を余儀なくされた。
(ここにあるアルガルヴェ一周の写真にあるのが、ベンフィカ時代のプラサ)。
でもそれもたった1年限り。


翌09年は、ポルトガルのコンチネンタル・リバティセグロスへ。
プロツールチームを経て、プロコンからの降格だった。

その後、iBANDSTOの後身となるケスデパーニュ(後にモビスター)でトップチームに復帰することができ
なかなかのサプライズだった。

でもやはりラストラスやエルヴィティのような固定メンバーという位置づけは得られなかったようだ。

今年からイタリアチーム・ランプレに移籍した。


そして昨日のエスケープ。
苦しそうな表情。最高の功績をたてるべく必死で逃げていた。

アイウエアやヘルメットで顔全体は見えないが、
少なくとも顎のまわりの皺が、年月を物語っていた。

かつての面影は、あるようなないような。


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ジュニア時代は国内選手権などで活躍していた。
なかなか芽が出なかったけれど、35才でようやく一花咲かせることができた。
サガンの活躍で、周囲のインパクトは薄かったかもしれない。
それでも本人にとっては生涯に誇れる一勝となった。

その間、さまざまな挫折もあったのだろう。
本人の雰囲気の変化に年月をまざまざと感じた一晩だった。


P1230291.jpg

====

● 過去のロードレースニュースアーカイブ復活状況: 
2001年5月13日分(「ファッサボルトロのメカニック、永井孝樹さんのラジオ放送」まで終了)

http://blog.livedoor.jp/maillotblanc/
2015.07.21 Tue | Road Races| 0 track backs,
ツール期間中、ナイスな見出し
去年表彰台を射止めたFDJのティボー・ピノーに前年の輝きがなく、
フランスの新聞各社はがっかりしている模様。
とはいえブレーキでもせっせと記事にして、トップ選手の扱いよりも大きいという状況。

そんな中なか、こんな見出しがあった。
暗黒に突入したピノーを称して、ノワール(Noir=黒)という単語を用いた:

=> ピノ・ノワール

座布団一枚!


さて、ルモンドには、こんなウルリッヒの記事も。
昔のマイヨジョーヌでなく、今着せたマイヨジョーヌの様だ。

写真 3 (39)

ランスはマイヨジョーヌを維持すべきだ、との見出し。

かつてのライバルへのエールなのか。
これからゆっくり読んでみようと思う。

写真 3 (39)2
2015.07.18 Sat | Road Races| 0 track backs,
Raphaニュース
以下、Raphaからのニュースレター:


Rapha Rising 2015 9日間で獲得標高9366mにチャレンジ!


イギリス・ロンドン発のロードサイクリングウェアブランドRapha(ラファ)では、ツール・ド・フランス期間中恒例のヒルクライムチャレンジ Rapha Risingを開催します。ピレネー山脈の名峰の標高総計9,336mを7月18日〜26日の9日間で登れるかを、世界中のサイクリストに問います。


昨年は世界で4万4,000人を超えるライダーがチャレンジしたこの企画。8,800mに設定されたこの挑戦を達成したのは5,923名。およそ13.5%の達成率というハードなチャレンジですが、今年はより高く9,336mがその目標獲得標高となります。

ツール・ド・フランスを走るライダーへの敬意を、自ら走ることで実感をもって抱いてもらうというテーマもあるこのRapha Rising。今年はピレネーの名だたる峠、アスパン峠、ツールマレ峠、ポルテ・ダスペ、コル峠、ポール・ド・レルス、プラトー・ド・ベイユの標高を合計したのが9,336mです。

エントリーはRapha公式サイト内のRapha Rising 特集ページ(http://pages.rapha.cc/ja/rapha-rising-2015)から。7月27日に自身の走った距離を入力するフォームのページがメールで通達され、獲得標高を自己申告します。9,336mを達成した全てのライダーには、記念としてRapha Risingのロゴワッペンが贈呈されます。

※注意:今年はStravaでのチャレンジは設定されません。

ツール・ド・フランスが佳境を迎える7月の第4週目に、あなたも過酷さへチャレンジしてみませんか?

Rapha Rising 2015

期間:7月18日(土)〜26日(日)
目標獲得標高:9,366m
エントリー:http://pages.rapha.cc/ja/rapha-rising-2015 より名前とメールアドレス、国籍を入力
2015.07.18 Sat | Road Races| 0 track backs,
2000年以降のロードレースニュース(アーカイブ)更新情報
1999年以降の過去のロードレースニュース(プロバイダー消滅により公開中止していた14年分のニュース)更新情報:

2001年5月上旬まで更新終了。

レースで本格的にEPOのドーピング検査が開始になったのがこの頃だったようだ。

第一号の陽性判定者が出たニュースを読みつつ、この選手の陽性の件は覚えていたものの
第一号だったのは記憶から消えていた。

人の記憶のたよりなさを痛感すると同時に、彼の名を聞くといまだにとかく否定的な感じがつきまとうのは、
このせいなのだな、とも思う。

アーカイブニュース(更新中)
2015.07.17 Fri | Road Races| 0 track backs,
5年間で躍進、クリス・フルーム
2010年:

ジロ、ゾンコランステージでトップから22分以上遅れの82位、
その後アプリカ区間でリタイア。

エネコツアー総合114位、
カタルーニャ一周総合71位、
オーストリアツアー総合64位。
2010年の成績一覧

その5年後、ツールで盤石に首位を快走中。

華麗な変貌ぶりが印象的なクリス・フルーム。

他の選手と比べてかなり余裕がある様子で、あれでもまだ
抑えているのかもしれない。

やはり勝負は、手に汗握るシーソーゲームのような接線の方がおもしろい、
そう思える今日この頃なのだった。
2015.07.16 Thu | Road Races| 0 track backs,
バッソの手術は・・・
精巣にある腫瘍のためツールをあとにしたイヴァン・バッソ。
チーム公式サイトによると、ミラノ到着後すみやかに行う手術というのは検査用のよう。
同時に切除という選択肢があるのかどうかは不明ながら、
第一の目的は、to clarify the nature of the problem 問題の性質を明らかにするため、なのだそう。

追記)その後手術は無事に終了という報。その場で切除したようだ。
2015.07.15 Wed | Road Races| 0 track backs,
Rapha : ブランド初となるサングラス Classic Glassesを新発売
 ブランド初となるサングラス Classic Glassesを新発売


イギリス・ロンドンのサイクリングウェアブランドRapha(ラファ)はこの度、ブランド初となるアイウェア・サングラスのClassic Glassesを新発売いたします。イタリアでハンドメイドされるサングラスは、シティライドやアフターライドでの使用に適したカジュアルグラスです。
megane.jpg
3色のフレームカラーをライナップするClassic Glassesにはそれぞれ特有のカラーのカールツァイス製レンズがあしらわれ、シーズンを選ばないパフォーマンスが得られます。価格は36,000円。

「私は『デザインは機能に従う』という思想の信奉者であり、私自身がデザインするものにも適応しています」とはRaphaのプロダクトデザイナーのマイルス・ギボンス。「しかしながらこれは、スタイルをただ結果論として捉えているということを意味しません。私にとってプロダクトとは完璧に機能して使用者に特別なフィーリングをもたらすものでないといけません。仮にデザインでそれを選んだとしても、です。デザインが製品の使用を促すのであればそれは素晴らしい到達だと思います。RaphaのClassic Glassesでは流行に左右されないデザインに、バイクの持つ速度のエッセンスを取り入れられたと信じています。バイクを降りても違和感がないはずです」

Classic Glassesは、サイクリングの歴史上象徴的なスタイルアイコンの選手たちを思い起こさせ、今日のカーボンバイクやチタンバイクともマッチするデザインに仕上げられています。フレームの素材であるアセテートはイタリア・ヴァレーゼのMazzucchelli 社によるもので、着用時の優しい接触感が特徴です。

Raphaではこのサングラスの発売に先駆け、往年のサイクリストとサングラスとの関係を読み解く記事を公開中。4人の歴史に名を刻む名選手が登場しています。こちらもぜひご参照ください。

第1部:アンドレ・ルデュック
第2部:ファウスト・コッピ
第3部:エディ・メルクス
第4部:グレッグ・レモン

Classic Glasses
価格:36,000円
カラー:ブラック(グリーンレンズ)、ブラウンハバナ(ブラウンレンズ)、スモークグレー(ピンクレンズ)
製品ページ
ブラック:http://www.rapha.cc/jp/ja/shop/rapha-classic-glasses/product/SUN01       
ブラウンハバナ:http://www.rapha.cc/jp/ja/shop/rapha-classic-glasses/product/SUN02
スモークグレー:http://www.rapha.cc/jp/ja/shop/rapha-classic-glasses/product/SUN03

Classic Glassesの特徴
- イタリア・カドーレでハンドメイド
- フレーム素材はイタリア・ヴァレーゼのMazzucchelli 社のアセテート
- カールツァイスレンズ
- ジョルジオ・フェドン&フィグリ製のハンドメイドグラスケース
- 30日間の完全保証 Raphaクラシックス・ギャランティ対象商品
2015.07.15 Wed | Road Races| 0 track backs,
バッソ早期回復祈願で2007年7月のニュースを参照する 
2007年、FDJのセバスティアン・ジョリに精巣がんが見つかった時の記事を再掲。
(ツールレポートから)

(本日、精巣癌が見つかったことが判明し、急きょツールを離脱したバッソの完治と早期復帰を祈願しつつ。)

====

■ 精巣ガンを克服したエウスカルテルの選手 (2007.7のツール現地レポートから)

FDJのセバスティアン・ジョリ。精巣ガンに罹患していたことが判明し、治療が終わるまで戦線離脱となった。
15歳から30代に患者が多いこのガンに罹患したのは、ランスとジョリだけではなかった。

今回(ツール開催中現地で)エウスカルテルの人たちとジョリの発病に関する話をしていた折り、偶然教えてもらった。
ツールメンバーには入っていないが、エウスカルテルのメンバーにも、同じガンで闘病した選手がいるということ。

名前はマルケル・イリサル。
彼はエウスカルテルのマネージャー、マダリアガが抱えるオララというアマチュアチームのメンバーだった2003年、
精巣ガンが発覚した。その際、ランスが彼を激励したんだそうだ。

しかし2004年には、チームは彼をプロのエウスカルテルに昇格させ、治療を終えたあと、レースに復帰した。
温情のマダリアガの采配だったのではないか。

ちなみにFDJのジョリにランスから激励メッセージがあたった形跡はない。
FDJのマルク・マディオ監督はランスの天敵だ。
以前のインタビューでもFDJのことを「くそったれチーム」と呼んではばからなかったランス。
おそらく沈黙を守るのだろう。


写真)2006年秋チューリッヒ選手権にてイリサル(いまはもうないレース)

P1190739.jpg


今日行われたバッソの会見時のスペインメディアのツイート。コンタドールとともに。
コンタドールの方が辛そうな表情。




2015.07.13 Mon | Road Races| 0 track backs,
ラジオシャック経営破たん
先日FBで、参照されていて知った。
家電販売店チェーンで元チームスポンサーだったラジオシャックが経営破たんしていたことを。

http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM06H14_W5A200C1EAF000/


盛者必衰、諸行無常、栄枯盛衰・・・
四文字熟語が頭に浮かんだ。


ツールの方は、ルーカ・パオリーニのコカイン陽性がどう決着するのやら。
ジャパンカップ来日時のルーカ、2003年:

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昨夜立て続けに発信された本人のツイートを見ると、
自分は潔白、という言葉はない。

ただ、「なぜこんなことがあり得るのか」、と抗弁はしているけれど。

ファンからのコメントにも、「じゃあコカイン摂取したのかしなかったのか、一切書かれていないじゃないか」
と問いただすものもあった。


ちなみにコカイン陽性は、ジルベルト・シモーニとトム・ボーネンが2回ずつ出しており、
パンターニの死因もこの薬と言われている。
自転車界とまったく無縁というわけではない。
2015.07.11 Sat | Road Races| 0 track backs,
ウンブリア地方の宿で インドゥラインの面影を見つける
先日泊まった宿の親切なご主人。

ちょっとミゲル・インドゥラインに似ていた。

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そう述べると、
「(インドゥラインのことは)写真で顔はなんとなく知っているけど、、、」と言いつつ
余りハッキリ認識していないようだった。

サッカーのファンで、インテルのサポーターというから無理もない。


ただ、ジロがオルヴィエートにきたときは、いやそれどころか宿の前を通過していったときは
嬉しくて、沿道で熱心に応援したという。

自分の家の真ん前でジロが見られるとは!、と興奮したそうだ。

上記写真は、「インドゥラインに似ている。主人に見せたいので写真OK?」と言って
撮らせてもらった。

人面観察に長ける夫(ツーレ)は、あまり賛同してくれなかった。

2015.07.11 Sat | Road Races| 0 track backs,
ジロ・ローザ 萩原麻由子選手が区間優勝 チームのエースが絶賛!
昨日の女性版ジロディタリア、ジロ・ローザ。

ラスト30kmほどでアタックで抜け出し、単独のまま逃げを成功させた萩原麻由子選手(Wiggle Honda Cyclin)が区間優勝を果たした。
栄えあるレースで見事な優勝だった。


同僚のエース、エリーザ・ロンゴボルギーニがこう語っている:

「(萩原選手がエスケープを決めたとき)彼らは麻由子を見ていたけど、誰も追いつかなかった。
2分のリードを奪った時、彼女はやると思ったわ。
彼女は強い選手だから。
みんなときに彼女を過小評価するけれど、本当に本当に強いのよ。
みんなも、これからは、マユコのことをもっとウォッチしなくちゃいけない、もっと脅威に感じなくてはいけない、
と気づいたでしょう。」

!!!

萩原選手の談話:

「アタックをしたのは、エリーザとマラが総合狙いで私はフリーに動けたから。
めいっぱい行って、最前を尽くしました。
マラとエリーザがいたから、後方グループのことは気にしませんでした。
アタックしたのは吉と出ましたね。
もし集団に捕まえられていたとしても、チームメートのために働く選択肢があったわけなので、
いずれにせよ、(アタックしたのは)よかったと思っています。」


談話ソース:http://cyclingtips.com.au/2015/07/mayuko-hagiwara-wins-giro-rosa-stage-six/から


いまから7年前、2008年の世界選にて、麻由子選手。
今では顔つきも、タフになったと実感。

P1420809.jpg



こちら公式の動画。
スプマンテシャワーのとき、ポディウムガールのサポートが冴えた。
向ける方向とか、コツがあるらしい。
ちゃんとプシューと噴出した瞬間の麻由子選手の晴れやかな表情もいい。




また公式のリリースでは、「SNSでハギワラの勝利がブームになっている」
などという見出しが躍った。

なんでも萩原選手が勝ってから、写真などのシェアやお気に入りが爆発的に急上昇したそうだ。
ビューの数もうなぎのぼり。
ゴールを割った時には、5万ビュー、1000のお気に入りに達したと。
女子自転車競技にとって歴史的な1日となった、と記されている。

(マユコ選手関連の公式サイトののビューやお気に入りは、これからもまだまだ増えそう。)
2015.07.10 Fri | Road Races| 0 track backs,
トニー・マルティンとバイクフィッターの嘆き
パヴェ登場で注目されたツール第4ステージ。

トニー・マルティンは、途中パンクでアシストのバイクを借り受け走ることを余儀なくされた。

借りた相手は身長差7㎝のマッテーオ・トレンティン(マルティン186cm、トレンティン179cm)。

本人も、これで分が悪くなったと自覚し、優勝は夢見ていなかった模様。
ところが、ラスト3km少々、先頭の空気の変化を察知、勝機を感じ飛び出した。
そして優勝。

合わないバイクで他の選手たちより抜きんでた。
バイクフィッターが嘆くストーリー、などというつぶやきが聞かれた。


思い出すのはそれと対極にある光景。

ツール・ド・スイスで、キム・キルヒェン(当時Tモバイル)が延々メカニック相手に
微調整を繰り返していた風景が浮かぶ。
数ミリの攻防のようだった。


P1080209.jpg


延々続くキルヒェンのトライアンドエラー。


P1080223.jpg


その翌年だったか、キルヒェンにインタビューする機会があり、この時の話を聞いた。
バイクが変わって(彼は前年ファッサボルトロに所属していた)しっくりこなかった、と。

身体に痛みが出たといい、ナーバスになるのも無理はないだろうけれど、
(そしてしっくりこない問題はまだ続いているようだった)
あれだけ手慣れたメカニックがついていて問題解決できないということは、
乗り手側に問題はないのだろうか。
自分が順応することを念頭に置く方が手っ取り早いのではないか、
そう思えたので、思わずこんなことを言ってしまった。

体幹トレーニングなどやった方がいいのでは?と。
ある程度のことはやっているような口ぶりではあった。


P1080225.jpg


キルヒェンは自宅でツール中継を見ていただろうか?

マルティンの活躍を見て、
サドルを上げたり下げたりしていたあのときを、
なつかしく思い出しただろうか?



当時のメカニック諸氏。
左はウルリッヒの弟。

P1080155.jpg

何度も走って感触を確かめるキルヒェン。

P1080218.jpg

P1080207.jpg

P1080208.jpg



ちなみに、ツール・ド・スイスで、キルヒェンの格闘の一部始終を目撃したのはここだった。

P1080156.jpg


場所はホテルの屋外のテラス。

P1080174.jpg


ふと目を上げると、こんな感じだったのだ。
この左手の方で、キルチェン一行は、ああでもないこうでもない、とやっていた。

P1080173.jpg


このレストランを食事の場所に選んだのは偶然だった。
元選手で地元スイス出身のアレックス・ツーレが、ここで一家で食していたので真似をした。

P1080243.jpg


<
2015.07.09 Thu | Road Races| 0 track backs,
スポーツ新聞 レキップ紙の責任感
昨日さかんにツイートされていたWeb記事の中で、
とくにこのシクロワイヤードお記事に目が留まった:
http://www.cyclowired.jp/image/node/141594

オランダの元選手、レオン・ファンボンがカメラマンになってツールに登場しているそう。


選手からの転身として、チーム関係者以外だと、
ツールのドライバーとかナショナルコーチなどあるけれど、
たまにカメラマンへ、というパターンを耳にする。


かのレキップ紙に採用された人をひとり知っている。
今現在は、退職したけれど。

この左の人だ(2006年ツール)。

P1110600.jpg


選手時代を知らないけれど、見てみたら、現役時代は雰囲気が結構違う。
http://www.siteducyclisme.netより


名前は(ジャン)クリスティアン・ビヴィーユ。JC-Biville

ただ、レキップともなるとエリート集団で、上位カメラマンに食い込むのは至難の技。
トップ記事を飾るための写真を任されているわけではなかった。

表彰式の様子はもれなく撮っていたけれど、
ゴール地点にあるあの狭いカメラマン用の囲いの中で撮影することはなかった。


たとえばスイスのロマンディツアーで会った時のこと。
せっせと撮影していたはずなのに、
翌日のレキップ紙を見ると、写真の掲載はなかった。

ワケを聞くと、「自分は記録用写真を任されているから」と。
自国選手が勝利するなど特別なケースでなければ、
写真は紙面に使用されることはないのだそう。


掲載を主眼とするわけでなく、記録のために、きちんとカメラマンを派遣する。

後年役立つことはあるだろう。
なにか振り返る際、ビジュアル素材があると、助けになることもあろう。


こういうのは日本でももちろん普通にあるけれど -
(皇族のお妃候補はくまなく取材して、決定した時にその秘蔵映像をどっと出すとか)

媒体に写真は使われず、記事もほんの数行しか載らないのを知りつつ、
それでもAFPの報道で穴埋めせずに独自の記事を書き、
その間、夥しい数の写真が人知れずお蔵入りする。


自国国民がさほど興味のないレースにも人を派遣し、すぐには報われない長い目で見た取材。
スポーツの証言者としての責任感あってこそ。
それを敢行するには、なかなか余裕が必要ではあろうけれど。

*****

ちなみに、かつて来日したことのあるファンボンは、元気そうでよかった。


08ツール・ド・熊野にて:
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2015.07.08 Wed | Road Races| 0 track backs,
サイモン・ゲランスの落車が止まらない
ツール第3ステージ。

高速のクラッシュで、ファビアン・カンチェッラーラはころがるように地面に叩きつけられ、
レースがニュートラルになっている間にプロトンに追いつきはしたものの
顔は歪み、結局第4ステージはDNSとなった。

好事魔多し、そんなマイヨ・ジョーヌの不幸の裏で、もっと悲劇を感じる選手がいる。
サイモン・ゲランスだ。

シーズン前にケガをして、復帰するたびに”落ちる”。そしてケガでリタイア。
悪循環が止まらない。


まずは1月。ダウンアンダー前のトレーニング中に、鎖骨骨折。

復帰戦は、ストラーデ・ビアンケ。
またしても落車でひじを骨折した。

パイス・バスコで再復帰後、前年優勝したリエージュ・バストーニュ・リエージュで
2度にわたるクラッシュ。
ふたたびリタイア。

英気を養い、その後ジロのメンバーには選ばれたのはいいが、
第12ステージに転倒し、ゴールにはたどり着いたが大事を取って翌日はDNS。

そんな呪われたシーズンを払しょくするはずだった。
ツールメンバー入りし、今度こそ、と誓ったに違いない。

しかし、わずか第3ステージでリタイアとは。
カンチェッラーラと一緒に、上述のクラッシュに巻き込まれた。

右端にいた選手らを縦に襲った落車の波は、ハイスピードの玉突きで、
見るからにダメージは大きそうだった。

第一報によると、手首を骨折したという。

ちなみに去年のツールでは、序盤の落車の余波で
約2週間後にレースを離脱、という結果だった。


35才という年齢で、肉体的にも精神的にもなかなかタフな悪の連鎖が続いている。


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なつかしのクレディアグリコル(CA)ジャージ。2008年、つまりCAの最終年の写真。
この数カ月後、ゲランスはツールで1勝をあげる。

インタビューで訪問したマーク・レンショーの家の前で。
(トレーニング仲間のレンショーの家に電源を返却に来た、と言っていた。モナコにて)
2015.07.07 Tue | Road Races| 0 track backs,
ツール 2日目: カンチェッラーラ マイヨ・ジョーヌふたたび
これまで初日優勝で獲得してきたマイヨ・ジョーヌを
2日目で手に入れたファビアン・カンチェッラーラ。

ピュアスプリンターらをむこうにまわして集団スプリントで食い込む芸当はさすが。


インドゥラインのように、TTでタイムを稼ぎ、山で上位をキープできるオールラウンダータイプではない。
スピードを生かしてワンデイやTTで輝くものの、けっしてグランツール(GT)で総合を狙えるわけではない。
それでも、ここまで人気を奪える選手というのは過去あまり記憶にない。

ツールのみならず、ワンデイふくめ、さまざまなレースの映像が手軽に見られるようになった
からこそなのだろうか。

そこはかとなく漂う華やかな雰囲気のせいでもあろうけれど。


2007年ロンドン
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2009年モナコ
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2015.07.06 Mon | Road Races| 0 track backs,
強風吹き付ける中
◆ ヴィットリオ・ブルモッティの妙技

昨日のツールの強風ステージ。個人的に危機感が薄かったのはきっとこのせい。
先に、これを見てしまったためだ。


教えて頂いたバイクトライアルの第一人者ヴィットリオ・ブルモッティ氏の妙技。

洋服が、髪の毛が強風でなびいている。
音を立てて風が吹き付ける中、観覧車の上でのトライアルは、
こわくてハラハラしっぱなしだった。




高所に加え、足場が悪いこんなのも。



https://gunosy.com/articles/aEKw5
2015.07.05 Sun | Road Races| 0 track backs,
そしてラース・ボームのツイート
プロローグ終了後、ボームのツイートは、喜びにあふれていた。

A lot of pain in my ears from the great public!!
大声援で耳が痛くなったのだろう。

ハッピーのハッシュタグが付与されていた。


2015.07.05 Sun | Road Races| 0 track backs,
プロローグに出走したラース・ボーム、23位でフィニッシュ
地元で開幕する喜びのツールのはずが一転、
曇った報道が飛び出したラース・ボーム。(下記◆以下)


しかし低いコルチゾール値は喘息吸引による弊害であると主張。
無事初日プロローグに出走することができ、
結果はトップから44秒遅れの23位とまずまずの好成績。


以下っていた指揮官ヴィノクロフも、ひとまずほっとしたところ。



◆ ラース・ボームが、ツールを追われる危険性

アスタナ所属のラース・ボームが、ツール・ド・フランス開幕目前に、DNS(スタートせず)となる可能性が出た。

レース前検査で検出されたコルチゾールの値が、MPCC(*UCIの規定ではない、後述)の規定を下回ったのだ。

もし、スタート前にツール不出走となれば、これでアスタナとしては2度目となる。

初回は2006年。
5月に勃発した例のオペラシオン・プエルト(OP)事件に関連し、関係者が一掃されるべきかどうか、
開幕直前になってもめた。

出場選手リストも急きょ、アスタナなどについては「(審議)待ち」の印がついて再印刷された。
アスタナ監督サイスが、OPの主要人物(血液ドーピング手配に関わっていた)だったためだ。

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開幕前日18時。アスタナ追放が決定する。
アスタナ(当時はAstana-wurth)が空白になったリストが至急配布。
慌ただしかった。

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MPCCとは、アスタナが所属する自転車競技の信頼回復を意図する運動( Mouvement Pour un Cyclisme Crédible)のこと。
通常のUCI規定より、厳しい条件を取っている。
つまり、科学実験でいうところの、コンサバ寄りの(危険性を回避する尤度を十分にとった)体制をとっているのだ。

クリス・ホーナーにも去年同じ事態が発生している。


かと思えば、スカイはこの団体に所属していないため、
去年、クリス・フルームはMPCC規定違反を犯しつつも、不問に付されロマンディ一周で優勝を遂げた。

あのときは、治療のための特別措置として、規定以上の薬物処方を認めてもらったのだが、
MPCCの規定では、医師3人が症状を分析するなど、時間をかけて審議した上で
特別措置は許可される。

しかしフルームはそれら煩雑なステップをスキップして簡易に特別措置を勝ち取った。
(1日40mgのコルティコステロイド経口摂取 )

ロマンディに間に合わせるための、可及的速やかな措置がとられたわけだが、
もしスカイがMPCCに所属していたら、彼は優勝どころかロマンディ出場はできなかったはず。
グレイゾーンの優勝、などとも言われた。


MPCCに加入しているからには規定は守るべき。
しかしUCIの要件は満たしている。
たしかに何かあった時、とくにそれが重要レースの場合など、ジレンマは大きい。

こうしたダブルスタンダードを嫌い、MPCCを離脱するチームも出ているが
アスタナは所属を続けていた。


去年から薬物事件を引き起こしているアスタナだけに、
ニバリのための人員確保よりも、MPCC遵守を優先し、ボームを追放すべきなのだろうが
果たして決定やいかに?

彼はオランダ選手なだけに、地元ファンも、気をもんでいることだろう。


(上記は、7/4 朝9時過ぎ時点でインプットした情報につき、状況変化の可能性あり。)

Cyclingnewsに第一報


MPCC加入メンバーは以下:
アスタナ、AG2R、キャノンデール・ガーミン、FDJ、チーム ジャイアント・アルペシン、イアム、カチューシャ、ロット・ソウダル、オリカ
2015.07.04 Sat | Road Races| 0 track backs,
ツールプレゼンテーション
オランダ・ユトレヒトで本日開幕する今年のツール。

チームプレゼンテーションは、
2006年ストラスブールと2007年ロンドンのプレゼンを彷彿とさせながら、
フレンドリーさを加味した内容だった。


たとえば、船で会場入りするところはストラスブールを思い出す。

とはいえ、ユトレヒトのぎゅうぎゅう詰めのゴムボートに対し、
あのときは大人数乗りだった。

(2006)
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ストラスブールのプレゼン入場が遊覧船だとすると、今回は救命ボートといった風情だった。

(2006)
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陸に上がって、紹介される様子は同じ。
モビスターの前身ケスデパーニュ。
フランスナショナルジャージは、フロラン・ブラール。
(数年後に騒動でフェードアウト)

(2006)
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このときは、観客の合間を駆け巡ってお披露目するスタイルは取られなかった。

しかし翌年、ロンドンのプレゼンでは、ステージ上での紹介に続き、全員が観客が見守る中、
思い思いにパレード。

ただ、混雑するトラファルガースクエアでは選手と沿道の人々に接近していたけれど -

(2007)
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あとは、広々とした道路上をゆるゆると行き、手が届く距離ではなかった。

ユトレヒトのように、相撲の花道をいくかのごとく手を伸ばせばそこに、、という感覚ではなく。

ロンドンをシャンゼリゼとすると、今回はラルプデュエズほどの距離感なのだった。

(2007)
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2015.07.04 Sat | Road Races| 0 track backs,
荒川静香さんの告白に、思い当たるフシ> イタリアのロード世界選
ツイッターで流れてきたニュースの中に、こんなものがあった。
元フィギュアスケーターの荒川静香さんが、トリノ五輪会場の驚きの舞台裏をTV番組で披瀝したという。

http://irorio.jp/natsukirio/20150701/242010/


五輪施設の整備が遅れ、不完全なままスタートしたらしい。
1ヶ月程前に行ったときに、まだ工事途中だった上、開幕後も -

・イタリアの電力事情の関係で、5-6階ある宿泊施設のエレベータが使えない
・ドアイヤーもワンフロアで1人のみ(だから競争)
・お風呂にカーテンが無い、、、
など、施設が完全に整っていなかった。


これを耳にした途端、ある後景が浮かんだ。

イタリア(ヴァレーゼ)開催のロード世界選手権。

前日行ったら、客席の裏側部分で、重機による作業がまだ行われていた。


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どうせ見えない部分だからよいだろう、とばかり、
チームのブースエリアのすぐ脇は、盛り土放置。

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競馬用の用地のせいか、芝生部分が多く、
選手の通過ポイントなどには橋渡しがしてあった。

ただこの部分が狭く、混雑時には、不便が生じていた。

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プレスルームに行く途中、にはこの橋も手抜きとなり、
ところどころぬかるんだ中を歩かねばならなかった。


その一方 -
(前にも掲載した写真だけれど)
ポディウムガールたちの演出(衣装含め)は完璧で、


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この国のプライオリティの置き方に、首をひねったものだった。
2015.07.02 Thu | Road Races| 0 track backs,
あのときのツール前騒動
フランスチームばかりが7チームも選ばれるなど、
2000年代前半は主催者の無茶ぶりが通った時代だった、
とつくづく思う。

ツールに選ばれなかったDiv1チームのサエコ、メルカトーネ関係者の愚痴はよくわかる。
一方で、新進気鋭のチームCSCが選出され、リースがその弁明として、
他チームが落とされた理由分析をしていたのが興味深い:

ニュースアーカイブ2001年5月「ツール出場・選出騒動その3」
2015.07.01 Wed | Road Races| 0 track backs,
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