プロローグに出走したラース・ボーム、23位でフィニッシュ
地元で開幕する喜びのツールのはずが一転、
曇った報道が飛び出したラース・ボーム。(下記◆以下)


しかし低いコルチゾール値は喘息吸引による弊害であると主張。
無事初日プロローグに出走することができ、
結果はトップから44秒遅れの23位とまずまずの好成績。


以下っていた指揮官ヴィノクロフも、ひとまずほっとしたところ。



◆ ラース・ボームが、ツールを追われる危険性

アスタナ所属のラース・ボームが、ツール・ド・フランス開幕目前に、DNS(スタートせず)となる可能性が出た。

レース前検査で検出されたコルチゾールの値が、MPCC(*UCIの規定ではない、後述)の規定を下回ったのだ。

もし、スタート前にツール不出走となれば、これでアスタナとしては2度目となる。

初回は2006年。
5月に勃発した例のオペラシオン・プエルト(OP)事件に関連し、関係者が一掃されるべきかどうか、
開幕直前になってもめた。

出場選手リストも急きょ、アスタナなどについては「(審議)待ち」の印がついて再印刷された。
アスタナ監督サイスが、OPの主要人物(血液ドーピング手配に関わっていた)だったためだ。

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開幕前日18時。アスタナ追放が決定する。
アスタナ(当時はAstana-wurth)が空白になったリストが至急配布。
慌ただしかった。

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MPCCとは、アスタナが所属する自転車競技の信頼回復を意図する運動( Mouvement Pour un Cyclisme Crédible)のこと。
通常のUCI規定より、厳しい条件を取っている。
つまり、科学実験でいうところの、コンサバ寄りの(危険性を回避する尤度を十分にとった)体制をとっているのだ。

クリス・ホーナーにも去年同じ事態が発生している。


かと思えば、スカイはこの団体に所属していないため、
去年、クリス・フルームはMPCC規定違反を犯しつつも、不問に付されロマンディ一周で優勝を遂げた。

あのときは、治療のための特別措置として、規定以上の薬物処方を認めてもらったのだが、
MPCCの規定では、医師3人が症状を分析するなど、時間をかけて審議した上で
特別措置は許可される。

しかしフルームはそれら煩雑なステップをスキップして簡易に特別措置を勝ち取った。
(1日40mgのコルティコステロイド経口摂取 )

ロマンディに間に合わせるための、可及的速やかな措置がとられたわけだが、
もしスカイがMPCCに所属していたら、彼は優勝どころかロマンディ出場はできなかったはず。
グレイゾーンの優勝、などとも言われた。


MPCCに加入しているからには規定は守るべき。
しかしUCIの要件は満たしている。
たしかに何かあった時、とくにそれが重要レースの場合など、ジレンマは大きい。

こうしたダブルスタンダードを嫌い、MPCCを離脱するチームも出ているが
アスタナは所属を続けていた。


去年から薬物事件を引き起こしているアスタナだけに、
ニバリのための人員確保よりも、MPCC遵守を優先し、ボームを追放すべきなのだろうが
果たして決定やいかに?

彼はオランダ選手なだけに、地元ファンも、気をもんでいることだろう。


(上記は、7/4 朝9時過ぎ時点でインプットした情報につき、状況変化の可能性あり。)

Cyclingnewsに第一報


MPCC加入メンバーは以下:
アスタナ、AG2R、キャノンデール・ガーミン、FDJ、チーム ジャイアント・アルペシン、イアム、カチューシャ、ロット・ソウダル、オリカ
2015.07.04 Sat | Road Races| 0 track backs,
ツールプレゼンテーション
オランダ・ユトレヒトで本日開幕する今年のツール。

チームプレゼンテーションは、
2006年ストラスブールと2007年ロンドンのプレゼンを彷彿とさせながら、
フレンドリーさを加味した内容だった。


たとえば、船で会場入りするところはストラスブールを思い出す。

とはいえ、ユトレヒトのぎゅうぎゅう詰めのゴムボートに対し、
あのときは大人数乗りだった。

(2006)
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ストラスブールのプレゼン入場が遊覧船だとすると、今回は救命ボートといった風情だった。

(2006)
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陸に上がって、紹介される様子は同じ。
モビスターの前身ケスデパーニュ。
フランスナショナルジャージは、フロラン・ブラール。
(数年後に騒動でフェードアウト)

(2006)
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このときは、観客の合間を駆け巡ってお披露目するスタイルは取られなかった。

しかし翌年、ロンドンのプレゼンでは、ステージ上での紹介に続き、全員が観客が見守る中、
思い思いにパレード。

ただ、混雑するトラファルガースクエアでは選手と沿道の人々に接近していたけれど -

(2007)
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あとは、広々とした道路上をゆるゆると行き、手が届く距離ではなかった。

ユトレヒトのように、相撲の花道をいくかのごとく手を伸ばせばそこに、、という感覚ではなく。

ロンドンをシャンゼリゼとすると、今回はラルプデュエズほどの距離感なのだった。

(2007)
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2015.07.04 Sat | Road Races| 0 track backs,
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