シマノ初代監督の命を奪った日航ジャンボ機事故


さて、12日は日航機墜落から30年でしたが、
wikipedia を見たら、
乗客に東京オリンピックに出場し、
後にシマノレーシング初代監督の
辻昌憲という人も乗ってたんですね

Email from: ランスマニアさん



上記Emailで犠牲者の中にロードレース関係者がいたことを初めて知り、調べてみた。

大門宏・NIPPO監督の手記(昨年記されたもの)があった。 => 日航機事故で他界された恩師、辻昌憲監督を偲ぶ 【大門監督手記】

WIKIにも書かれている。
「東京に所在する日本アマチュア自転車競技連盟での打ち合わせを終えた後、同僚社員とともに同便に搭乗していた」と。
享年39歳。

大門さんは、東京へ行く辻監督から、こんな言葉を受けたていたという。

俺は明日、東京の連盟に行って来るが、明後日からお前たちの早朝練習に間に合うようにできれば日帰りしたい。だからそのつもりで準備しとけよ。



そして事故の一報。
辻氏がどの交通手段で大阪に帰るのか知らなかったものの、
くだんの飛行機に同乗していた可能性が濃厚となった。

その日は寝ずにずっと食堂のテレビ(真暗で僅かな火災がチラつく映像)に釘付けになっていたことを今でも鮮明に覚えている。 

そのうち乗客名簿から監督の名前も呼び上げられた。それでも無事を信じながら、ほとんど変化のない暗い映像の前で誰もいなくなった食堂でただ呆然と座りながら、あっという間に朝を迎えた。



手記の締めくくりを読み、大門監督のロード界におけるけん引力の裏には、
辻監督の意思を継がねば、といった奮起もあったのでは、などと思った。


* ロードレースニュースアーカイブ復刻状況:

2001年5月のニュースをインプット完了。
(シモーニがイケイケの時代だった。)

==> ロードレースニュース復刻版
2015.08.14 Fri | Road Races| 0 track backs,
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