ライバルを待つ行為は果たしてくだらない慣習なのか?
パリ~ニースの最中、落車でアンドレイ・キヴィレフが亡くなった時、
親友で同じヴィノクロフが涙のアタックをして、誰もそれを追おうとはしなかった。

2000年前半のブエルタで、実力が認められ始めていたバルベルデが落車でケガをし、
ライバルたちはスピードを緩め、励ましの声をかけた。

カザルテッリが亡くなった翌日のツールは、彼が所属していたチーム(モトローラ)を先頭に
競争なく自主的なニュートラルでゴールした。


このように、過去ロードレースにおいて”リスペクト”の精神は様々なかたちで現れた。
不運に見舞われた実力者、或いは痛ましい事故などで傷を受けた者への敬いの気持ちを重視してきた。

つまり、コンタドールを待たなかった行為というのは、彼に対するリスペクトの気持ちをかなぐりすてたという意味で、
目を引いた。
パリ~ニースで同郷の友人のリベンジをしようと奮起したヴィノクロフを抜き去る選手がいたとしたら
大顰蹙だろう。
でも、両者の根っこにある「リスペクト」が薄れつつある世界では、やがてそんなことが起こり得るのかもしれない。

====

脱臼で暗雲たちこめる中意地を見せたアルベルト・コンタドールが話題をふりまき、
同一チームのファビオ・アルとミケル・ランダの2位争いの落としどころが注目されたジロも、あと残り1日。

印象に残ったのは、リーダージャージを着用しつつメカトラで取り残され、必死で追いかけるコンタドールの姿。
10年近く前のツールでは、ウルリッヒが<自滅で>コースアウトしたときですら、ランスは待った。
ウルリッヒは首位ではなかったものの、エース格。周囲もリスペクトの精神を貫いた。
(ちなみにこうした行為は別にランスだけではない。上述のようにバルベルデなどは23才の若さでも、
周囲は待った。)

それが今回、待つどころかレースリーダーの弱みにつけこんで、アタックが繰り出されたのは驚きだった。
逃げを制するジェスチャができる影響力ある選手も不在だった。

繰り返しになるけれど、
プロツール制度が開始になって以降、出場レースが義務化したことで、チーム側では多様な脚が必要となり、
エース、アシストの関係が固定化されなくなった。
ゆえに上下関係が薄くなった、その影響も一端にあるのでは。

あるいは個性の強い選手が減ったという、人類の進化的レベルの話なのだろうか?
ランス、ウルリッヒ、インドゥラインの例をひかずとも、ジャラベールなどはどんなレースに出ていても
周囲から一目置かれる存在だったけれど。

あるいは社会構造として、徒弟制度はもう古い、レースの民主化と見るべきなのか。
思索は尽きない。


ちなみに、昔のロードレースニュース復旧作業を勧める中、やっとオチョアの奇跡までたどり着いた。

2001年4月21日のロードレースニュースまで復旧:
http://blog.livedoor.jp/maillotblanc/
2015.05.31 Sun | Road Races| 0 track backs,
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
"shw-greenwood" template design by Shallwill