ジャンパオロ・カルーゾ / ロイド・モンドリー / ウィリアム・ボネ それぞれの続編
● ジャンパオロ・カルーゾの陽性判定はカチューシャの謹慎処分にはつながらず
● 大ケガのウィリアム・ボネの家に来た検査官の冷徹
● Bサンプルの結果を経て初めて陽性となることが初めて確認されたあの一件


パオリーニに続き、チームメイトのジャンパオロ・カルーゾがEPO陽性判定となったものの、
後者は3年前のサンプルによる結果であったため、ブエルタ出場無事青信号となったカチューシャ。

今年から、同一チームから2人が12か月以内に陽性を出すと、連帯責任で一定期間チームごと
レース出場が不可となる。
さしずめカチューシャはイエローカードといったところ。


一時よりは陽性判定が減ったような気がするものの、まだトップ選手の違反は続いている。
今年2月、レース外検査で陽性を出したAG2Rのロイド・モンドリーの件は結構ショッキングだった。

本人の弁明を聞いたラヴニュ監督も、その言い訳に信憑性なし、と切り捨てた。


そんな状況だから、検査官も目を光らせているのはよくわかる。

とはいえ、今年7月、ウィリアム・ボネのケースには驚愕だった。

ツールの劣悪な落車で頸椎骨折・手術を余儀なくされ、動けない身であったボネの家に
夜10時、検査官がきたという。

今年いっぱいレースは無理ともいわれる状況で。

検査官も忙しい中、検査には優先順位をつける必要があるなかでのこの訪問は、
背景に何か理由あったのだろうか。

たとえば、病気の最中に禁止薬物を使っていたランスのケースを教訓としたとか?

それにしても、この様子を見ると、同情を禁じ得ない。


参照:ガゼッタ


ちなみに、今日2001年6月7日のニュースアーカイブをリカバーしていて気が付いた。

EPOの検査方法が確立したのは2000年だが、
A検体とB検体の結果が統合されて初めて正式に陽性と認められる
そんな認識が世間に広まったのは、2001年6月のパスカル・エルベの再度の陽性速報だった。

==> http://blog.livedoor.jp/maillotblanc/
2015.08.20 Thu | Road Races| 0 track backs,
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