アルベルト・コンタドール ツールからブエルタへ
昨日発売になった「サイクルスポーツ」のツール特集別冊に、コンタドールの記事など書かせて頂きました。
コンタドールのことは10年以上スペインのサイトを読み込むなどしてフォローしてきたので、
私の中に浸み込んでいる彼の像をあれこれ引っ張りつつ。


ちなみに彼の名前を特ダネサイトで初めて参照したのは2003年、
2004年には、病気の件のニュースを入れ、
2005年1月、奇跡の復活を数日にわたり大きく取り上げ、
そして2005年5月、生コンタとの対面を果たしたのだった。(ロマンディ一周にて。初コンタ写真は以下。05TDR3日目)


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特ダネアーカイブを引っ張り出してみると、
2003年、最初のコンタドールの記事は、ドイツ一周山岳ステージでチラリと。


破竹の勢いオンセ + ウルリッヒ山岳ステージ18位をどう見るか ( 6.8.2003 )

ドイツ一周5日目。1位オンセ、2位 オンセ、3位オンセ、4位オンセ、5位クイックステップ、6位オンセ、、というリザルトを見ると、あれ?今日はチームTTの日だったけ?と思ってしまいそうになる。しかし、そうではなく、191キロのれっきとした山岳ステージだった。区間優勝したのはオンセのポルトガル人アゼヴェド。続いて折り重なるように同着で着いたのが昨年のドイツ一周の覇者、イゴール・ゴンザレス・デ・ガルデアノ。3位ノサル、4位ヤクシェとオンセが続き、クイックのマイケルロジャース(活躍が目を引く)を挟んで、6位がオンセのコンタドールだった(以下略)



次の記事は以下。

アルベルト コンタドールの病状 ( 5.16.2004 )

ヴエルタアアストゥリアスの最中 43キロ地点で落車をして、頭にも怪我を負ったLセグロスのコンタドール。運ばれる時の様子から、怪我の具合がかなり心配されたが、外傷のほか、動脈瘤が発見された。事故の時、彼は痙攣を起こしてと伝えられているが、落車で動脈瘤になったのでなく、動脈瘤よる何らかの発作を起こして落車したと見られる。

彼は家族の病歴にも動脈瘤の所見がある。バイパス手術を行えば、選手生命が終りということはないという。コンタドールは去年オンセでプロ入りした。まだ21歳のマドリッド出身のライダーだ。



そして04年リハビリから05年の復活にかけ、詳細な記事を入れて行った。(記事が多いので略。)


現地で見た05年ロマンディ一周の山岳ステージでは、クネゴに競り勝って優勝。
山で輝いた姿を目撃した一方 -

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未熟な姿も目の当たりにした。
最終日TTの結果次第で総合の表彰状も十分可能だったけれど、
スタートの際めちゃくちゃ緊張していて、結果はいまひとつ。
表彰台を果たせなかった。
そんな精神的タフさが備わっていなかった時代もあった。

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以下ロマンディ写真:

最初のショットを撮った翌日
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最終日:
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チームバスから:
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今年のツールでは無念のリタイアとなったけれど、かなり強引なリハビリでブエルタに出場するという。
彼の姿に再び注視したい。



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2014.08.21 Thu | Road Races|
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