デマルキが区間優勝 / デュラン、フォイクトに続く逃げ屋の系譜
 ブエルタ過去最大の霧のバトルは・・・ 霧のどさくさで大逆転劇があったあの年


ブエルタ第14ステージ。
アレッサンドロ・デマルキが濃霧の中勝利を決めたとき、
思わず過去のブエルタのワンシーンが蘇った。

それは、初めてエル・アングリルが投入された1999年。
その日も山頂付近はずっしりと重い濃霧に覆われていた。
逃げの先頭を一人いくのは、ロシア人パヴェル・トンコフ。

後続ホセマリア・ヒメネスとの差は44秒。そのまま単独優勝と思われた。

しかしゴール数キロ手前、ヒメネスが猛ダッシュ。
やがて前を捉えたようだった。

フィニッシュ付近は真っ白。
戦況はよく読めない。
何度もTVカメラのレンズを拭きとる情景が見られたほど。

フィニッシュラインを先に踏んだのはどっちだどっちだ・・・??
霧の中から2人の姿が浮かび上がる。
前にいたのは・・・・??・・・・ヒメネス!
というドラマチックな結果だった。
初アングリルは、最高のエンディングで幕を閉じ、以来伝説の山と呼ばれるようになる。


↓5分27秒にフィニッシュ地点、濃霧の大混戦の様子。





◆ 逃げの系譜

2014年ツールでスーパー敢闘賞をとり、同年ブエルタではグランツール区間初勝利。
逃げ屋としてすっかりイメージが定着したデマルキ。

エスケープの達人イエンス・フォイクトが引退した後、
新旧交代するかのようにアタッカー登場とあいなった。


さかのぼれば、フォイクトの前はジャッキー・デュランが逃げの達人として名をはせた。
彼の場合、若い頃はアタッカーではなかったものの、
プロトンの中での競り合いで勝てなくなり、
キャリア後半、逃げるスタイルに転じたのだった。

デュランの逃げは、どちらかというとパフォーマンスに近く、
勝てそうもないから、代わりに目立つ手法として逃げた、、、に近いシーンも多々あり、
かつてデュランの最盛期を知っていた人などは、そのスタイルの変化を嘆いていたものだ。


フォイクトの場合は、それよりは勝利を念頭にしたパフォーマンスにとどまらないスタイルを確立していた。
かなり無理な逃げ、と思われるエスケープにも挑戦したが、
常に自分の中では勝算があるからこそ逃げているんだ、と語っていた。


一方、今シーズンBMCに移籍直後から体調不良や炎症に悩まされいいところなしだったデマルキ。
夏までに回復せず、ツールも逃したけれど、ようやくここで胸のすく積極的な走りが蘇った。
今後にますます期待。



2015.09.06 Sun | Road Races| 0 track backs,
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