繰り返されるトレーニング中の事故 オチョア、ジレット、、、
先月末に起こったジャイアント・アルペシンン選手が巻き込まれた事故の報に接し思ったのは、
つくづく歴史は繰り返される、ということ。


ケルメのハビエルとリカルド・オチョア兄弟が事故に会い、後者がなくなったのも、
マラガでのトレーニング中でのことだった。
2005年2月15日のことだ。
もうすぐリカルドの命日。


あのときの運転手は、地元大学教授。
VOLVOを運転していて2人をなぎ倒し、リカルドは即死、
ハビエルは60日間の昏睡を経て意識回復したものの、重い障害が残った。

同僚の選手もその直前まで兄弟に同行していたものの、
先に帰って難を逃れ、その選手のインタビューが痛々しかったのが記憶に残る。

ハビのガールフレンドは枕元で音楽を聞かせ続け、
なんとか覚醒させようと頑張ってた。


その後ハビはパラリンピックで活躍するようになり、自転車競技でメダルをとったけれど、
結局ドーピングが発覚してしまったという、苦い思い出。



オーストラリア女子選手6人がドイツでトレーニング中に車に轢かれ、うちひとり
エイミー・ジレットが亡くなったのは、2005年7月。

運転手は確かドイツ人の20才ぐらいの女性だったかと。

その後エイミー・ジレット基金ができて、
残りの5人のリハビリサポートや、
女子選手育成に使われている。


最初のオチョアの時の衝撃はすごかった。
とくに、つい半年前、ツールのオタカムで優勝した時の勇姿が記憶に残っていたから。
さらに、私はその直後、オチョアと同じホテルでナマを見ていただけに。


今回の痛ましいジャイアントの事故に接し、
過去の記憶が次々頭をかすめた。

生きていて良かった、とも。


時代が変わり、選手が変わり、技術は向上し、レースはスマートになっていっても、
人為的ミスは終わらない。


大きなインパクトのある出来事は、次に似たようなことが起こった時、
最初の衝撃と重なりあい、それと比較することでヘンに薄まったりしつつ、
さまざまな感慨を引き起こす。


オチョア、2000年7月
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ロードレースニュース アーカイブ更新情報:
(2001年10月~のニュースインプット開始)

==> http://blog.livedoor.jp/maillotblanc/

スペシャライズド、フェスティナ解散後の動向ほか、

2016.02.05 Fri | Road Races| 0 track backs,
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