Omloop Het Nieuwsblad カイ・ルース久しぶりの雄姿
長かったケガとの闘い。
2007年7月、トレーニング中にクラッシュ。人知れず倒れ、九死に一生を得たものの、後遺症に苦しんだカイ・ルース。

その2ヵ月前となる2007年5月に元気な姿を見ていただけに当時ニュースを必死に追いかけた記憶がある。


~ 2007年5月2日ツール・ド・ロマンディにて
トーマス・デッケルの背後に2つの手(カイ・ルース)

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お茶目な一面を見せたカイ・ルース(左)

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仏頂面だったデッケルも笑顔に。

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そのルース、ケガによる肉体的、精神的ダメージという長いトンネルを抜けて、
昨日(2016年2月27日) Omloop Het Nieuwsblad で、最終結果は71なるも、見せ場をつくり弾けた。


振り返ればあれは9年前の7月。

2007.07.24 (Tue) 
● 03世界選で優勝した選手が10日間の昏睡状態を経てようやく昨日覚醒。その日、山中で起きたこと

7月12日、ひとりでアルプス山中でトレーニング中、倒れているのが発見されたラボバンクのカイ・ルース。

入院してから人工昏睡状態に置かれ、その後2回ほど人工昏睡状態を解いたものの、
痙攣などの身体反応が強くて再び昏睡状態に置かれていた。

彼は2003年カナダハミルトンの世界選ジュニアロードチャンピオン

ルースについては先日レースレポートで触れた。
ツールメンバーではなく、ツールの時期にはひとりトレーニングを行っていた。
しかしその間、なにかが起きて病院に運ばれた。

10日以上経ったいま、人工昏睡状態からやっと覚醒したとのこと。
こうなった状況詳細についてはまだ発表はないが、病室にはラスムッセンのイエロージャージが飾られて、彼を励ましている。


ケガを負った時の状況で現在わかっていること:

7月12日、カイ・ルースはフレンチアルプス イゼール峠をひとりでトレーニングしていた。

その3日後の15日にはツールがフレンチアルプスの一角ティーニュを訪れる。
沿道でラボバンクの活躍を応援するつもりでいた。

さらに16日の休息日にはラボバンクの選手と合流する予定だった。

関係者の推測では、走行中 下りで頭から突っ込んだと見られている。
首の骨が折れていた。頭に外傷があり、脚も骨折。

彼の後方からは1台の車がやってきており、そのドライバーにより緊急通報がなされた。
クラッシュしたあと通報がされるまでそれほど長い時間は経っていなかったとも言われ、不幸中の幸いだろう。

グルノーブルの病院に搬送され、手術が執刀された。
家族とガールフレンドが駆けつけた。

身体が安定するまで人工昏睡に置かれ、その後麻酔を徐々に減らして覚醒させた。

同僚ラスムッセンのイエロージャージが室内に飾られるシーンを彼は目にしたというが、
身体の拒否反応が強くて再び昏睡状態に置かれた。

次の覚醒の際には父親の顔を認識することができ、進歩が見られた。

しかし痙攣などのために再び昏睡状態に戻し、昨日22日、3度目の覚醒で安定状態を保つことができ、
両親、ガールフレンドを認識することができた。

まだ微熱があるようだが、1日1日と着実に回復していくことを祈りたい




その後緩やかな回復期を経て、復活が期待されたものの、
ケガの後遺症は予想以上に彼を苦しめ、
自転車からスケートやマラソンに転向を試みた時期もあった。
でもやはり自転車に戻ってくることを決意。

現在、ヴェランダズ・ヒレムズ・サイクリングチームに所属(Veranda's Willems Cycling Team)。
Omloop 前には出場をとても楽しみにしていた様子がツイッターごしにうかがえた。



2016.02.28 Sun | Road Races| 0 track backs,
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