オペラシオン・プエルトの痕跡が5年前、すでに表れていた
アーカイブを読み返しているうちに、
オペラシオン・プエルトで中心的役割を果たしたフエンテス医師が
2001年のロードレースニュースに出ていたのに気付いた。

それは2001年ブエルタに起こった。

ケルメのオスカル・セビーヤとフェスティナのアンヘル・カセロが優勝争いを繰り広げる中、
ケルメの医師がカセロを激励し、「あの件は用意ができている」、などと
通信していたのだ。

ただしその医師は他のチームのトレーナーも兼ねているので、
不審と思われつつも一時的なスキャンダルで終わった。

しかし今そのニュースを読み返せば、医師の名前に釘付けになる。
エウフェミオ・フエンテス。
2006年勃発のオペラシオン・プエルトで中心的役割を果たした人物だ。

むろん5年前となる2001年にはそんなことはつゆ知らず。

この小さなニュースがのちのちビッグニュースになる事件の芽だったわけだ。
フエンテスがいかに長年暗躍していたか。

以前のニュースを遡って読んで、新たな発見につながることがあるものだ。


⇒ ロードレースニュース・アーカイブ
http://blog.livedoor.jp/maillotblanc/
(フエンテスがブエルタで暗躍したニュースは2001年10月22日付け)
2016.03.02 Wed | Road Races| 0 track backs,
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