ハビエル・オチョアからの「いいね」の痕跡
ケルメの選手としてツールメンバー入りを果たしたことがあるトニ・タウレルは、
その後バレアレスに所属したあと、トラックでなかなかの活躍を見せ、
ロード界から去っても名前を聞くことが時折ある選手。

そんな彼が最近ハビエル・オチョアに再会したらしく
2人のツーショット写真をFBに掲載していた。

何気に「いいね」を押した後、2000年ツールで目撃した
タウレルとオチョアの写真をコメント欄に置いた。

翌日、ふと見ると、当該コメント欄にはオチョアが「いいね」の痕跡を残していた。


FBとか、見ることもあるらしい。
2001年2月15日の交通事故で昏睡60日。
奇跡的に息を吹き返したものの、脳に後遺症は残った。

引退後、脳性麻痺者/四肢重度 機能障がいの部門でパラリンピックに出場。
数々のメダルも獲っていた。
しかしドーピング陽性で国際大会から締め出された。


数々の新聞記事の見出しを飾るほどドラマチック「な人生を送ったハビが
FBにも出入りし、身近に感じられるようになった、現代という時代。


そういえば、以前TVで誰かが言っていた。
手の届かない天の上の存在と思っていたスターが
SNSの普及で隣にいるかのように感じられるようになったと。

かつての”天の上の人”が”庶民的な人”になった時代、そんな感じのコメントだった。


SNSの近接感に、いまでも時折驚くことがある。
それがツイッターやFB到来前の時代の話と結びつく折りには特に。



ちなみにわたしがコメント欄に置いた写真は次の2枚だった。
むろんデジカメではなく、ふつうのカメラのスキャン写真。
時は2000年7月だ。


ハビエル
P1820775.jpg

トニ
P1820773.jpg



2001年のロードレースニュース アーカイブ更新情報

● 11/16までアップ

2001年当時、スタジエールにはスポンサーからの機材支給が一切なかった」(11/16)のニュースを読み返し、
そういえばフランク・シュレクもスタジエール時代ひとりだけ違う自転車でレースに出場していたなぁと思い出した。
2016.06.04 Sat | Road Races| 0 track backs,
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