記者として帰ってきたラスムッセン、「自殺も考えた」
今回のツールにジャーナリストとして姿を見せた
ミカエル・ラスムッセン。


2007年ツールでマイヨ・ジョーヌを着用している最中、
抜き打ちドーピング検査回避の方策がばれてしまい、
所属先のラボバンクから除外決定が下った一件は、
いまだに強い記憶に残る。

ドーピングコントロールのための所在登録をメキシコにしていたものの、
その期間、イタリアにいたのを元プロで今も自転車界に君臨する
ダヴィデ・カッサーニに目撃されてしまったのだ。
意図的な虚偽報告。


2009年にプロ復帰したものの、結局悪習は変わらず。

しかしその後もありとあらゆる禁止薬物に手をだし続け、
結局本人も、1998年から2010年まで、薬物を使用し続けたことを告白。
プロ選手生命は永遠に絶たれた。


このほどジャーナリストとして帰ってきたラスムッセンは、
こんな風に語っている:

「自殺を考えた。
でも、同時に1歳の息子ミロのことも考えた。
父なし子にするわけにはいかない、と」。


「自分はこのエピソードのみで記憶にとどめられることだろう。
そう思うと絶望的な気持ちになった。
これが僕の十字架だ」。


どんな第二の人生を送ることになるのだろう。


http://www.marca.com/ciclismo/tour-francia/2016/07/11/5783a160ca4741a75b8b45aa.html
2016.07.12 Tue | Road Races| 0 track backs,
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