アーカイブ更新情報と、2002年2月22日のロードレースアーカイブ
2002年2月25日のニュースを以下にインプット済み。


内容は、白髪が出始めたジャラベールの選手としての進化の話 

http://blog.livedoor.jp/maillotblanc/

それから、2002年のバレンシアツアーのお話は、以下に記載: 

 ***** 

2002年2月20日のバレンシアツアー第4ステージには、リカルド オチョアが車に轢かれて死亡した事故現場がコースに含まれていた。スタート地点のルセナから141.6キロ地点だった。第4ステージ区間優勝を飾ったハビエル パスカル ロドリゲスは、レース後、
「あの事故現場の地点を通過したとき、胸にぐっと熱くこみあげるものがあった。」と語った。

ゴールに入った瞬間、天を指差しオチョアに合図を送ったロドリゲス。ケルメ時代、彼はオチョア兄弟とは無二の親友で、互いの家を行き来した仲だった。事故のあった2月15日から1年後、ロドリゲスは、堂々と胸を張ってリカルドに優勝報告をしたに違いない。

彼はゴールしてから、リカルドの彼女インマと抱き合い、そして、ポイント賞のツァベルは、オチョアの父にポイントリーダーの花束を捧げたのだった。

ロドリゲスが、優勝を捧げたのは、実はオチョアだけではなかった。他に2人、優勝を捧げた人がいる。まず、チームのメカニックであるカルロス ビダレス。彼の奥さんアナが、先日亡くなった。それから、最近亡くなったジュニア時代の監督だったマンサニヨ氏にも、優勝を捧げた。

自転車レースは、サッカーなどに比べると、何故かとてもEmotionalなスポーツ。

人々はみな、ゴールを目指して走るだけ、丁度サッカー選手がゴールめがけてボールを蹴るように、そして、野球選手がひたすら打ったり投げたりするように。


だけど、自転車選手のレース後のインタビューは、野球の試合後インタビューとは全然違う。「ファンのみなさん、応援ありがとうございました!」だけでは終わらない。様々な選手が様々な思いを胸に走っていて、悲喜こもごものうちに展開する、まさにスポーツのロードショー。
2017.01.29 Sun | Road Races| 0 track backs,
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