アルベルト・コンタドール 引退特集 その1
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2005年4月28日。


2004年5月に脳の海綿状血管腫を発症し、アストゥリアス一周の最中
倒れたアルベルト・コンタドール。

以来長い道のりだったが、今季ブエルタを最後に引退表明をした。

引退表明は2度目だけれど、1度目の表明をキャンセルした後、
絶頂期の走りを見ることはできなかった。

トクダネニュースでコンタドールが最初に登場するのは2003年6月だった。
レースリザルトのみだけど。
次のエントリーが2004年の例の病気のとき。

以下再掲:

ちなみに上の写真は奇跡の復活を果たした2005年4月末のもの。
発症・血種の手術後、復活して4か月少々のときのものだ。

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破竹の勢いオンセ + ウルリッヒ山岳ステージ18位をどう見るか ( 6.8.2003 )

ドイツランドツアー5日目。1位オンセ、2位 オンセ、3位オンセ、4位オンセ、5位クイックステップ、6位オンセ、、というリザルトを見ると、あれ?今日はチームTTの日だったけ?と思ってしまいそうになる。しかし、そうではなく、191キロのれっきとした山岳ステージだった。区間優勝したのはオンセのポルトガル人アセベド。続いて折り重なるように同着で着いたのが昨年のドイツランドツアーの覇者、イゴール ゴンザレス デガルデアノ。3位ノサル、4位ヤクシェとオンセが続き、クイックのマイケルロジャース(それにしても活躍が目を引く)を挟んで6位がオンセのコンタドールだった。
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アルベルト コンタドールの病状 ( 5.16.2004 )

ヴエルタアアストゥリアスの最中 43キロ地点で落車をして、頭にも怪我を負ったLセグロスのコンタドール。運ばれる時の様子から、怪我の具合がかなり心配されたが、外傷のほか、動脈瘤が発見された。事故の時、彼は痙攣を起こしてと伝えられているが、落車で動脈瘤になったのでなく、動脈瘤よる何らかの発作を起こして落車したと見られる。

彼は家族の病歴にも動脈瘤の所見がある。バイパス手術を行えば、選手生命が終りということはないという。コンタドールは去年オンセでプロ入りした。まだ21歳のマドリッド出身のライダーだ。


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2005年5月1日。TDRにて。

2017.08.08 Tue | Road Races| 0 track backs,
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