アルベルト・コンタドール引退 2003年以来のニュース総動員 その2 アストゥリアス一周で九死に一生
引退目前のアルベルト・コンタドールの関連記事を
過去のトクダネ・アーカイブから拾っていくシリーズ、その2回目。

彼の名が最大マグニチュードで脳裏に刻まれた一連の病気レポートの発端は、
2004年5月のブエルタ・ア・アストゥリアスだった。

ただ、まだこの時は、文章によるレポートのみだったこともあり、
それほど深刻とは思っていなかった。

以下の恐ろしいYOU TUBE動画がアップされたのはそれから7年後のことだ。




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2004年5月16日
◆ アルベルト コンタドールの病状 

2004年5月12日、ヴエルタ・ア・アストゥリアスの第1ステージ 43キロ地点で落車をした
リバティ・セグロスのアルベルト・コンタドール。
運ばれる時のレポートから、怪我の具合がかなり心配されたが、
頭部外傷のほか、動脈瘤が発見されたことがわかった。

事故直後の記事では、落車で負傷というストーリーだったけれど、
数日後に目にした報道によると、彼は痙攣を起こしていたとのこと。
(後記:後年アップされた上掲のYOU TUBEで、さらに克明な状況が明らかになる。)

つまり、落車で動脈瘤になったのでなく、
動脈瘤よる何らかの発作を起こして落車したと見られる。

彼は家族の病歴にも動脈瘤の所見がある。
バイパス手術を行えば、選手生命が終りということはないという。

コンタドールは去年オンセでプロ入りした。
まだ21歳のマドリッド近郊ピント出身のライダーだ。
2017.09.02 Sat | Road Races| 0 track backs,
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