アルベルト・コンタドール引退 2003年以来のニュース総動員 その10
2004年5月の発作、6月の手術を経て、
2005年1月の復帰早々にダウンアンダーで1勝。
3月セトマナ・カタラナで1勝と総合優勝、
4月バスク一周で1勝と速攻で全開モードになったコンタドール。

2003年でプロになり、発作の前にはポーランド一周で1勝したぐらいで
目立った成績はなかっただけに、まさに新生コンタドールといった様相だった。

個人的に、復帰後にここまでの活躍を果たすなどとは、予想だにしていなかったけれど、
2005年1月にダウンアンダーで優勝を遂げる2日前及び前日に、
トクダネでコンタドールの両親からの手紙の話に触れた。

雑誌の記事との兼ね合いで手紙の公開は遅らせたものの
2月のトクダネで全文公開したのだった。

自分にとって、コンタドールを強烈に印象づけたのがこの両親からの手紙だった。
コンタドールがらみの記事の中では一番思い入れの強いエントリーだといっていい。
以下、その時のアーカイブから。


p.s. 2017年ブエルタ・アングリルSTでのコンタドールの優勝や
先導・護衛役のおじさんの必死の形相といった前夜の余韻に浸りつつ。


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■ コンタドールの両親、自転車雑誌に投稿する
2005.01.20 (Thu)

2004年のことだ。
コンタドールの手術が無事に成功した報に胸をなでおろした後、
それから暫く経って、スペインの雑誌「Ciclismo a Fondo」をぺらぺら読んでいたところ、
ふと、読者の投稿ページに目が留まった。

1つの投稿の送り主名に、「アルベルト・コンタドールの両親より」と書かれていた。
息子の生命の危機にあって、我が事のように支えてくれた監督・チームスタッフに、両親は雑誌を通じてお礼が言いたかったという。

コンタドール家の家計は苦しく、コンタドールの治療費はチームが出費している。
それに対するお礼だった。

前回書いた通り、弟の世話をするため父は仕事を辞めている。
母の市役所勤めで食べ盛りの4人の子供たちを支えてきた。
生活は楽ではなかった。


「Ciclismo a Fondo」には、家族集合写真も載っていた。

脳性麻痺でハンデを負う弟のラウルを中心に、
父のパコ、母パキ、兄フラン、姉のアリサ、弟のラウルが
つつましい自宅の一室でカメラの方を向いている。

その記事にはこうも書かれていた。

そんな日々の生活の中で、アルベルトの唯一の気晴らしは鳥に餌をやることだった。
ベランダで餌をやりながら、大空をはばたく鳥たちの自由さにあこがれたのだという。


両親からの手紙の内容は、雑誌サイスポのニュース記事の方で少し触れたいので今すぐには公開しないけれど、来月にでも訳して載せたいと思う。



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■ アルベルト・コンタドール(リバティー・セグロス)両親からの手紙全文 
2005.02.21 (Mon)  

先月のTDUの時にコンタドールの話を随分取り上げた。
去年レース中に脳障害を起こし意識を失って落車。
即座に病院に運ばれ、サイス監督はレースを置いてコンタドールに付き添った。

コンタドールは無事に回復し、彼の両親がスペインの雑誌に投稿してチームや監督に感謝の気持ちを述べた。(Ref:2005.01.20、2005.01.22 トクダネ) 

この内容の一部は2005年2月号のサイスポ「海外Expressにも入れたが、サイスポ次の号が発売になったこともあり、ここで全文ご紹介。

監督やチームドクターがいかに必死で家族を励まし、わが事のように悲しんだかがよくわかる内容だ。

「支えてくださった全ての人たちにお礼が言いたくて筆をとりました。
テラドス先生(*)アストゥリアスの中央病院で何時間も何時間も、ずっと息子のそばに付き添ってくださって、ありがとうございました。

(* 注釈:テラドス先生=リバティーのチームドクター。元オンセ。未知谷の「ツールドフランス物語」p.241 <ドクターは語る - ニコラス・テラドス>の主人公となった人)

回復期、及び転院した際はルイス・マンサノ先生にも大変お世話になりました。
世間のみなさんには余り知られていないことですが、何よりもマノロ・サイスさん(注:リバティセグロス監督)、貴方には本当に本当にお世話になりました。


監督、貴方は息子に付き添って、救急車に乗り込みました。
レースの途中だというのに。

夜間、鳴り止まない携帯電話にも、全て応対していました。
嵐の日も、私たちの傍に付き添うために駆けつけてくれた。


貴方は、私たちに付き添うために、自分のご家族と一緒にいる時間を奪われてしまった。
それにもかかわらず、貴方はずっと息子の傍にいてくれた。
そして、私たちと一緒に泣いてくれましたね。

最悪だった時期もずっと一緒にいてくれました。
私たちの悲しみは貴方の悲しみでもあったのです。

最高の医療を受けられたのも貴方のおかげ。
息子のことをこんなにも大事に思ってくださってありがとう。
こんなに素晴らしい人物でいてくれてありがとう。こんなに暖かい人間味を示してくれてありがとう。」

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いつもしかめ面ばかりしていることが多いリバティーのサイス監督。
時々切れるし、結構激情型だし。
でも、ヒューマニズム溢れた人でもあったようだ。

2017.09.10 Sun | Road Races| 0 track backs,
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